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アルポンチョ #37 共感力

    夕食の後、アルポンチョはリビングでコーヒーを飲んでいた。

    奥さんがソファに腰を下ろした。

    「今日、エレナと長電話しちゃった」

    「マルコの奥さんか」

    「ええ。最近、だいぶ調子が悪いみたいなの」

    「病気か?」

    「気持ちが落ち込んで、何をするのも大変なんですって。夜もあまり眠れないみたい」

    「医者には行ったのか?」

    「行っているわよ」

    「じゃあ、医者を変えたらどうだ」

    「そういう問題じゃないのよ」

    アルポンチョはコーヒーを一口飲んだ。

    「家事が大変なら、うちから誰か手伝いに行かせよう」

    「そういうことでもないの」

    「じゃあ、旅行でもさせたらどうだ。気分転換になるだろう」

    「旅行に行く元気もないのよ」

    「困ったな」

    奥さんは少し笑った。

    「あなたね、何でも解決しようとしなくていいのよ」

    「解決しなきゃ、いつまでも困っているだろう」

    「女同士で話をするときはね、別に答えが欲しいわけじゃないこともあるの」

    「じゃあ、何のために話すんだ?」

    「話を聞いてもらうだけで、少し楽になることがあるのよ」

    アルポンチョは首をかしげた。

    「二時間も話して、何も決まらなかったのか?」

    「何も決める必要がないの」

    「……会議だったら、最悪だな」

    奥さんは吹き出した。

    「会議じゃないのよ」

    「議題はある。問題もある。二時間話した。なのに結論もなければ、次のアクションもない」

    「だから、会議じゃないってば」

    アルポンチョはしばらく考えた。

    「じゃあ、俺も今度、エレナの話を聞いてやろう」

    奥さんは少し驚いた顔をした。

    「本当に?」

    「ああ。何も言わずに聞けばいいんだろう」

    「できるかしら」

    「馬鹿にするな。俺にだって共感能力ぐらいある」

    「そう?」

    「もちろんだ」

    奥さんはにっこり笑った。

    「じゃあ、まず私の話を三十分聞いてくれる?」

    「いいぞ」

    アルポンチョはコーヒーカップを置き、奥さんに向き直った。

    「今日ね、ちょっとしたことがあって、すごく慌てちゃったの。でも結局なんとかなって、あんなに慌てたのが馬鹿みたいだったわ」

    「ふむ」

    「それはそれでよかったんだけどね。そうそう、それで思い出したんだけど、今日お買い物に行ったのよ。いつものお店なんだけど、駐車場がいっぱいでね」

    「ほう」

    「それで、少し離れたところに停めたんだけど、歩いていたら、ものすごく可愛い犬がいたの。ゴールデンだったわ。うちの子よりちょっと小さかったけど」

    「そうか」

    「それで思い出したんだけど、うちの子、最近ちょっと太ったと思わない? 昨日もおやつを欲しがって大変だったのよ。あ、そうそう、おやつといえば、昨日焼いたクッキー、あなた食べた?」

    「食べたぞ」

    「あら、よかった。少し甘すぎたかと思ったんだけど。そういえば、お砂糖がもう少ししかなかったわ。明日買わなくちゃ。明日は雨だったかしら。雨といえば、先週の雨で庭の花がずいぶん傷んじゃったのよね。庭師さんに言っておかないと」

    「うむ……」

    「そうそう、庭師さんの奥さん、今度お孫さんが生まれるんですって。女の子らしいわ。可愛いでしょうねえ。そういえば、赤ちゃんの服って、どうしてあんなに小さいのかしら。先日お店で見かけたんだけど、まるでお人形の服みたいだったわ。あ、そうそう、そのお店、隣に新しいパン屋さんができたのよ。今度行ってみようかしら」

    アルポンチョは少し身を乗り出した。

    「なあ、ちょっといいか」

    「なあに?」

    「で、つまり何が問題なんだ?」

    奥さんは時計を見て、にっこり笑った。

    「ほら、引っかかった。まだ二分よ。」


    アルポンチョのほかの話は、マガジン「アルポンチョ」で読めます。


     
     
    親分アルポンチョの物語。 金もあるが、知らないことも、うなるほどある。 犬や猫との日常から、経済、科学、AIまで。世の中の事に「なんでだ?」と首をかしげる。 一話完結の、だいたいどうでもいい話。 そして、実体験をもとに、うつと回復、支える家族を描く長編『うつのとなりで』も連載中。

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