
三分間の失恋【セリフ三題噺】
■セリフ 「香水つけてる?」
■三題 ・間欠泉 ・サロン ・炭酸水
三分間の失恋
気づいたら、私は間欠泉のところまで来ていた。
ここの間欠泉は、ちょっと不思議だ。
普通は、早くても十五分置きくらいに吹き出すらしいのに、ここは三分置き。
しかも、出るときが妙にスッキリする。
熱湯が勢いよく空へ噴き上がるのを見ていると、
胸の中に溜まっていた嫌な気持ちまで、一緒に吹き飛んでいくような気がする。
私は、振られた。
……たぶん。
いや、きっと。
ベンチに座って、ぼんやり間欠泉を眺めていると、隣から声がした。
「お姉ちゃん、失恋か?」
見ると、真っ赤な顔をしたおじさんがいた。
まるで、茹で上がったタコみたいだ。
「……お酒、飲んでます?」
「飲んでないよ」
おじさんは、小さなコンロの上でカップ麺にお湯を注いでいた。
「……なんで分かったんですか?」
「顔」
「そんなに顔に出てます?」
「俺なんか、この前『加齢臭の香水つけてるんですか?』って言われたぞ」
「……はい?」
「失礼だろ?」
「えっと……そうですね」
何の話だろう。
でも、なぜか私は話してしまった。
「私の彼氏、いつもいい匂いがしたんです」
「ほう」
「だから、前に聞いたんです。『香水つけてる?』って」
「つけてたのか?」
「つけてなかったんです。洗濯のときに使う洗剤の匂いだったみたいで」
「どんな匂いだ?」
「フランキンセンスみたいな、ちょっと落ち着く香りなんです」
「……フランキンセンス?」
「はい」
「食えるのか?」
「……食べ物じゃないです」
「そうか」
おじさんは、カップ麺の蓋をちらっと見た。
「三分だな」
「……はい?」
「ここの間欠泉と同じだ」
「カップ麺がですか?」
「そう」
おじさんは真顔だった。
「三分タイマーだ」
「ああ……」
私は、また彼氏のことを話した。
「それで、その洗剤を教えてもらったんです。私も使ってみたくて」
「ほう」
「『これ、いい匂いだね』って言ったら、彼も嬉しそうにしてました」
あのときの彼の顔を思い出す。
「『里奈も好きなんだ』って、ちょっと嬉しそうに言ってて」
「お姉ちゃん、惚れてたんだな」
「……はい」
胸が少し痛くなる。
「それなのに、この前、彼のスマホに女の人からメッセージが来て……」
「ネイルか?」
「え?」
「その爪、ネイルとか言うんだろ」
「自分でやったのか?」
「いえ……ネイルサロンです」
私は自分の爪を見せた。
「ほら。リボンまでつけてもらったんです。可愛いでしょ?」
「俺もサロン行ったぞ」
「え?」
「日焼けサロン」
おじさんは腕を見せた。
真っ赤なタコの足みたいだ。
「松崎しげるみたいになれると思ったんだけどな」
「ああ……」
……誰?
「タコになっちまった」
おじさんは笑った。
何の話だ。
私はため息をついた。
「私だって、もっと可愛くなれるようにダイエットしてるんです。ジュースの代わりに炭酸水とか飲んだりして」
「炭酸水か」
「はい。お腹が膨れるから」
おじさんは、ポケットから小さな袋を取り出した。
「これ、やる」
「……何ですか?」
「クッピーラムネ」
「ラムネ?」
「炭酸水に入れてみ」
「どうなるんですか?」
「めちゃ泡立つぞ」
「いや、ダイエットの話なんですけど……」
「ブワーッてなって面白いぞ」
私は、間欠泉を見た。
「……間欠泉みたいに?」
「そうそう」
おじさんは満足そうに頷いた。
そのときだった。
ゴオオオーーッ。
間欠泉が勢いよく吹き上がった。
「うわっ!」
思わず立ち上がる私の横で、おじさんはカップ麺の蓋を開けた。
「ちょうど三分」
「……」
「食うか?」
「いりません」
思わず笑ってしまった。
こんなに真剣に悩んでいたのに。
何なんだ、この人。
そのとき、スマホが鳴った。
彼からだった。
『この前はごめん。あの「今度いつ来る?」のメッセージ、姉貴からだったんだ。一人暮らししてる姉貴に、荷物運ぶパシリみたいに使われてて、それ恥ずかしくて言えなかった。ちゃんと説明しようと思ったら、里奈行っちゃったから』
私は画面を見つめた。
「……え?」
思わず声が出た。
「どうした?」
おじさんがカップ麺をすすりながら聞く。
「彼、浮気してませんでした」
「そうか」
「知らない女の人の名前だったから、てっきり……」
「よかったな」
しばらく、二人で黙って間欠泉を眺めていた。
おじさんは、クッピーラムネの袋を私に差し出した。
「これ、持ってけ」
「……ありがとうございます」
「炭酸水に入れるんだぞ」
「それはやりません」
また、間欠泉が吹き上がった。
私の中に溜まっていたものまで、一緒に吹き飛んでいった気がした。
はらとけいさんのお題『セリフ三題噺』
に参加させていただきました。
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