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【掌編】 悲喜こもごもネーミング/シロクマ文芸部

    目をつぶるところはいくつかあった。
    春田寅男はふりかえる。

    ヴァージンロードで歩幅が合わず
    二人で転びそうになったこと。

    花束贈呈で娘が花婿の両親に渡してしまい
    数分間、手持ち無沙汰になったこと。

    花婿の公平とやらの友人がスピーチで
    幼なじみ愛を貫いた珍郎珍婦とふざけたこと。

    せめてもの救いを強いてあげれば、
    未だに目に浮かぶウエディングドレス姿の娘。
    その美しさは亡き妻もきっと嫉妬したことだろう。

    娘が花嫁になったその日。
    瞼に記録された一部始終は
    ドキュメンタリードラマというより
    悲劇と喜劇がないまぜになった短編映画のようで、
    何度見直しても飽きることがない。

    そんな余韻にうじうじと浸っていると、
    まるでタイミングを見計らっていたかのように
    娘からLINE が来た。

    「新しい家族ができました。
    その子の名前を考えてほしいの。
    今度連れて行くからそれまでにね」

    青天どころか昇天の辟易だ─

    娘から公平とやらを紹介されてから
    結婚式を経て今に至るまでの経緯をどう考証してみても
    初孫誕生のニュースにはたどり着かなかった。
    娘は短期間で妊娠・出産できる特異体質だったのか。
    昔テレビから見つめられただけでファンを妊娠させた
    アイドルがいたらしいが、公平とやらもそんな女たらしだったのか。

    くだらない推理が底を付いた頃、至極真っ当な考えが閃いた。
    デキ婚を隠蔽するための妊娠詐欺だったのではないか。
    妻に先立たれた孤独な父親に一日も早く、
    目に入れても痛くない程度の
    かわいい孫を抱かせてやりたい、
    そんな気持ちも分からなくはない。
    ただ、それとこれとアレは別問題だ。
    娘には恥ずかしがらずに言ってほしかった。

    しかし名付け親というぐらいだから
    これは親の務めの一環でもあるのだろう。
    待てよ、そもそも男なのか女なのか。
    それも会うまでのお楽しみにされているのか。

    結局、狐につままれた気分のまま
    ついに初孫かと目尻を下げながら
    男女一つずつの名前を思いついた頃には
    東の空が明るくなっていた。

    数日後、娘がインターホンも鳴らさず家に上がってきた。
    「ここがジイジのお家ですよ、ほら」

    ほら?
    まさか、もう歩けるのか─

    何か嫌な予感がして、
    マジックを握っていた右手が一瞬止まる。

    トコトコと目の前に現れたのは黒い子猫だった。

    「いい名前、できた?」

    わなわなと震える右手で辛くも命名を書き留め
    広告チラシを娘の目の前にかざした。


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    春田寅男作

    命名 ナツメ


    「吾輩はナツメである。いいじゃない、文学っぽくて。
    さすが元コピーライター」


    マゴでもタンゴでもよかったけどな─


    ニャア


    一年後、春田寅男は爺になった。
    夏生まれで元気な子に育つようにと願いを込めて
    満を持して初孫を夏芽と命名した。
    一方、ナツメは仏映画好きの宅配ドライバーにもらわれ
    ノアルと改名されたらしい。


    ※すいません、シロクマさん。
     一日遅刻しました。

     
     
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