
窓口
番号札は三十七番だった。壁の電光表示はまだ二十九番を映していて、田村は待合の椅子に座り直し、鞄の中の書類をもう一度確かめた。年金手帳、通帳のコピー、印鑑、それから息子が去年送ってきた年賀状。住民票の続柄の欄を埋めるのに、それが一番確実な証拠だと誰かに聞いたからだった。
中央区役所の三階、高齢者福祉の窓口は、朝から蛍光灯が薄く唸っていた。冷房の効きすぎた空気の中で、田村はコートを脱がずにいた。脱いでしまうと、次に着るときの手間が惜しいような気がした。
三十七番が呼ばれたのは、一時間近く経ってからだった。窓口の女性は田村より二回りは若く、パソコンの画面を見ながら、要介護認定の申請には主治医の意見書が要ること、区分によって受けられるサービスが変わること、来月にはまた別の書類を持って来る必要があることを、抑揚のない声で説明した。田村はうなずきながら、彼女の背後にある「本日の混雑状況」という貼り紙を眺めていた。混雑、という文字がやけに丁寧な字体で書かれているのが、なぜか気になった。
「ひとり暮らしということですが、緊急連絡先はどなたになさいますか」
女性がそう聞いたとき、田村は鞄から年賀状を取り出しかけて、やめた。息子の字ではなく、印刷された文面だった。差出人の住所は札幌になっている。
「……妹にします」
実際には妹も八年前に他界していたが、その名前と、もう使われていない電話番号を、田村は空欄に書き入れた。女性はそれを疑うことなく、丁寧に控えを取った。
帰り道、区役所前のバス停で、田村は次のバスまで二十六分あることを確認してから、隣のベンチに座っている老女がだいぶ大きな声で誰かと電話しているのを、聞くともなしに聞いていた。「だから区分がね、二じゃなくて一だったのよ」と彼女は言い、それから笑った。田村には、その区分が何を意味するのか、まだよくわかっていなかった。
バスが来るまで、田村は年賀状をコートのポケットに戻し、代わりに申請書の控えを鞄の底にしまった。二枚の紙は、同じくらいの重さで、同じくらい何も語らなかった。