
Beatles Again (Hey Jude) USA / The Beatles
Beatles Again (Hey Jude) / USA APPLE SW385
1970.2.26
side1. SO385-1 (レーベル面) SW1-385-Z32-#2 (マトリクス)
side2. SO385-2 (レーベル面) SO2-385-Z31 (マトリクス)
アランクラインが作らせた因果なレコード。米Capitol編集盤。
彼は、ビートルズ最大のヒット曲「ヘイジュード」を含んだコンピレーションアルバムで荒稼ぎしようと考えたようです。当初はアルバムタイトルを「Beatles Again」(1版・2版)としていたようですが、第3版からは「Hey Jude」のタイトルクレジットになりました。アルバムあるあるで、このアルバムもジャケットが間に合わず、レーベルが「~Again」で、ジャケットも「~Again」のままのものがレアだそうです。知らんけど(笑)。
イニシャルオーダーで200万枚。米チャート初登場3位。35週間で375万枚の売り上げに。
ジャケット撮影は、1969年8月22日ティッティンハーストのジョンの家で行われ、グループ最後のフォトセッションになりました。フォトグラファーはアメリカ人のイーサン・ラッセル。
プレス工場は、携帯のアンテナみたいなマークがあるので「ヴァージニア州 ウィンチェスター工場」だと思われます。ベルサウンドとSfマークが刻まれています。当時、米Capitolはニューヨークのスタジオ「ベルサウンド」でマスタリングしていたらしいです。マトリクスは初期プレスとそれ以降のハイブリッド型。特にA面は「O」を消して「W」が刻まれています。
音質は素晴らしいです。パチパチノイズもなくクリアに聴こえます。
曲数も少ないので、溝に余裕があるようで、深めに掘ってあるように感じます。楽器間の分離も良くて、音圧も高めです。特にB面で「ヘイ ジュード」の後半でブラスが入ってくるところや「オールドブラウンシュー」のベースラインなど肌理が細かい音がします。
A面では、「Rain」「Revolution」「Lady Madonna」が初ステレオミックスです。「レボリューション」のディストーションが心地よく歪んで、決してグチャグチャな音ではありません。
うちのチープなオーディオとは相性が良いのか、「レアリティーズ」のようなモノラルミックスよりもステレオミックスの方が綺麗に聴こえます。レコード自体も聴きこまれていないらしく溝が荒れていません。
アルバムジャケットはSWですが、レーベルはSO表示です。SWとSO記号は、Sはステレオの意味になります。WとOは、当時アメリカ国内のレコードの価格帯でした。当初通常価格帯のO記号でしたが、このレコード自体が新曲の入らないコンピレーションアルバムだったため、廉価盤扱い(つまり安売り)となり低価格帯のW記号がつけられた模様です。また、米国内の慣例なのか、廉価版には”カットアウト”と呼ばれるレコード・ジャケットの片隅を切り取ったり、穴を開けたりすることがあり、これをすることでディスカウント商品として市場に流されるのです。ただし、わたしの所有盤はカットアウトではありません。
【ファウスト博士と悪魔メフィストフェレスとの契約】
アランクライン登場ー
ジョンの回想。「エプスタインの死後、僕たちビートルズはアップル社を作り、ビジネスに乗り出した。だが僕たちは会計やらビジネスについて何も知らなかった。何より困ったのは、曲のロイヤリティが入ってきたとはいえ、財政状態とか税金とかいうものを僕たちは誰一人、全く理解していなかったことだ。」
彼らにとってまず優先されることは、音楽活動ー曲を作って、レコードを作ることーでした。とにかく新しいマネージャーを見つけるべきだと考えて、行動を起こしたが、誰も必要なことを把握していないようでした。
この間、アップル社の状況は、「ビートルズの会社アップルは詐欺師と居候だらけになった。そういう人間が好きに出入りして、金も好意もいいように使っていた。」つまり、統制もとれないまま勝手に人が出入りし、(ビートルズの)お金を横領していたようです。知らない間に自動車や不動産が購入されていたようです。有名な話では、当時「ホワイトアルバム」がリリースされていた時期ですが、このアルバムが発売されると、複数の社員(?)が勝手に社内から何十枚とレコードを盗っていったそうです。
ジョンの回想「僕がクライン氏と会ってみることにしたのは、以前彼についてBエプスタインから話を聞いていたからだ。タフだがエンターテインメント業界のことをよく知っている男だったから。その後僕はビートルズの他のメンバーに彼を紹介した。」
まだエプスタインが健在でビートルズが絶頂だったころ、アランクラインは、なんとかビートルズとビジネスをしようと、接触を試みていたようです。ただ、この時はエプスタイン独特の勘なのか、アランクラインに胡散臭さを感じたようで、繋がりはできなかったようです。
ジョンがアランクラインを推す一方で、ポールは妻となるリンダ・イーストマンの父親で弁護士のリー・イーストマンをマネージャーに据えようとしていました。また摩擦の火種です。
ジョンの回想「マネージャーの地位を争う唯一の相手はイーストマンだった。ポールの妻リンダの父親と、彼女の兄、ビートルズの特定のひとりとそういう密接な関係にある人間をマネージャーにするという考えには、僕は反対だった。」
ビートルズ内での物事の決め方は「多数決」でした。たとえ、ジョンがグループ草創期からリーダー格だったとしても、メンバー間は対等で、ビートルズの方向性を決めるのは「メンバー間の多数決」だったそうです。もし、意見が2対2になったら、3対1になるまで話し合いを進めたようです。
ポールの回想「メンバー間の多数決で、僕以外の3人がアランクラインと契約すると決めた時が、ビートルズの歴史の中で初めて、我々の間に絶対に折り合えない違いが生まれた瞬間だった。」
【ヴァルプルギスの夜(まどマギ)】
ジョンの回想「アランクラインは、以前にもこの仕事で素晴らしい業績を残していたことは知っていた。アップル社の体制を変えてもらうために、彼と契約すると数週間でその効果が見えるようになった。1969年初めに、アランクラインは能力のないスタッフや不要なスタッフを解雇した。詐欺行為やこちらの好意に付け込むようなマネをする人間はいなくなり、アップルのオフィスには規律と秩序が生まれた。」
アップル社は誰が何をしているのかわからない状態で、せっかくビートルズが稼いだお金を放漫経営で赤字を垂れ流し、瀕死一歩手前の状態でした。
アランクラインがまず手を付けたのは、そういったアップル社のムダ遣いをすぐに止めさせたことでした。それから、彼はビートルズのレコード契約を見直すようにレコード会社と交渉し、そのことによって彼らは、必要としていた資金を手に入れることができました。
ジョンの回想「アランクラインは、今まで我々が持っていた資金よりも多くの資金を銀行に預けてくれた。」
・・・・・続く to be continued・・・・・