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Hey Jude . UK (続) / The Beatles

    Hey Jude  /  PCS 7184  Stereo
    YEX981-1  /  YEX982-1    : "2 Box"

    他に輸出用(EXPORT)
    P-CPCS 106
    YEEX 150-1 / YEEX 151-1

    1969年9月にアランクラインは、ビートルズに代わってEMI/米Capitolと新しい著作権契約を結びました。これによって、CapitolとABKCo.は独自にコンピレーション・アルバムを作る権限を与えられました。そこで早速作られたのがこのアルバムです。1964年以降で、アメリカでリリースされなかった楽曲を中心に選曲され、今回は疑似ステレオは採用されずに、リアルステレオミックスのみとなりました。リミックスは、Gマーティンが担当しています。

    MMTと同じように、最初は米国内のみで発売され、英国には輸入盤として入ってきていました。英国内では1979年になって、ひっそりとEMIから発売されました。輸出盤として、1970年に英国内でプレスされたものは、欧州を中心に販売されたようです。

    輸出用としては、アップルレーベルが採用されましたが、1979年に国内でプレスされたときには、1-Boxが最初のレーベルとなりました。すぐに2-Boxとなったようで、1-boxレーベルは出荷枚数が極端に少ないので、とてもレア盤となっています。2-Boxも、レーベルのリムが「EMI RECORDS LTD.~」のものは、プレス枚数が少なく、こちらもレア盤になっているようです。

    【ガチョウと黄金の卵 ー イソップ物語】
    アランクラインの回想
    「ビートルズのマネージャーになる前、私はきわめて危ない状況を引き受けることになるのを憂慮していた。会計監査役によると、支払い能力にも関わってくる状況とのことだったので、彼らに対してこの状態を明確にした。それとともに、私の第一の任務はこの状況を軽減するために、彼らの収入を増やす手助けをすることであると話した。」

     アランクラインは、ビートルズの最大の収入源はレコードの売り上げ印税であることから、彼はEMIと新たな契約を取り付ける交渉をしたいと考えたようです。そこで、EMIとの交渉はビートルズの4人と話し合った結果、アランクライン一人が交渉し契約を結ぶ権限を持つということで意見が一致しました。ただ、ポールはジョン・イーストマンも同席すべきと主張しましたが、多数決の結果、全体の意見に従うことになりました。

    【鷲は舞い降りた・・・・のか?】
    ブライアンエプスタインがマネージャーだった当時、彼への報酬は25%だったそうです。レコード、ライブ、映画、グッズ等々で60か月で650万ポンドを稼ぎましたが、彼は就任後1年半くらいで900万ポンドを稼いだ、といわれます。それでも、アランクラインへの報酬は当初20%だったようです。

    アランクラインの回想
    「1969年5月7日に会議が開かれ、ジョン、ポール、ジョージ、オノ・ヨーコ、私、そしてEMIの代表3人が出席した。EMIはNEMSの問題もあり、会議では結論が出なかった。そこで、私は自分の会社ABKCo.でNEMSを引き継ぎ、ビートルズが多額の報酬を得るようにしたのである。それにもかかわらず、ジョン・イーストマン氏はこの決定を批判した。」

    アランクラインは、ビートルズのライヴァル「ローリングストーンズ」とも深い因縁がありました。彼は、1965年にストーンズのマネージメントを引き継いだ後、自分の経営するABKCo.(アブコ)に、それまでバンドの元マネージャーが所有していたすべての楽曲の権利を所有させました。その後ストーンズは、1960年代の音楽の所有権を取り戻そうとして、アランクライン相手に訴訟を起こしています。

    ストーンズの初期マネージャーだったA.オールダムの回想
    「アランは、農場の収穫があまり期待できない時に入り込んでくる。その代償の一部は、彼が農場をそっくり手に入れることだ。」

    ポールは、このあたりのいきさつをミックジャガーから聞いて、アランクラインに対する警戒度を高めたといいます。しかしながら、ビートルズ内のコミュニケーションが滞りがちになっているなか、この件はうまく他のメンバに伝わらなかったようです。

    【ハゲタカファンド、もしくはスカベンジャー】
    アップル社の事業を再構築した後、クラインは、自分の会社ABKCo.にビートルズのレコードを米国内でプレスする権利を与えました。ストーンズの場合と同様、アップル建て直しの名目で、ビートルズ内に入り込んでいたのです。企業再生とは本来、その企業を再生させ存続させる役割も果たしますが、アランクラインの目的は、あくまでも自分たちの利益を図ることであり、企業はもちろん、株主や利害関係者などの犠牲の上に成り立つものでした。ビートルズの著作権関連は複雑で登場人物も多数です。

    大変恐縮ですが、大雑把に簡単にシンプルにフリーハンドでまとめ。
    ビートルズはリンゴ(リンゴスターじゃなくて、アップルという意味)農家と考える。リンゴ農家はせっせと良いリンゴを作り、たくさん売りたいと考える。収入は、リンゴ一個あたりいくら。自分たちでは、多くの販路を持たないので、どこか専門家に販売を頼みたい。
      EMIは英国内での販売会社でCapitolは米国内での販売会社。収穫されたリンゴを商品として整え、各地の市場に運んだり、リンゴを売るためのパッケージを用意したりする。リンゴの売り方(果実で売るのか、ジュースにするのか等)を考えるのは、プロデューサーでしょうか?販売会社は、リンゴ農家のマネジメント会社と契約し、契約料を支払う。これにより、リンゴ農家はいちいち自分たちで、リンゴを一個一個手売りしなくてもよくなり、リンゴづくりに専念できる。
     NEMSやアブコはマネジメント会社。リンゴ農家と独占契約し、年間での収穫量を決める。また、リンゴ農家が勝手に他の会社にリンゴを売らないようにする。マネジメント会社は、よりたくさんリンゴを売ってくれる販売会社(全国に販売網をもっている)と契約したい。つまりは、リンゴの売り上げに対する利益を拡大したい。マネジメント会社は、リンゴ農家に契約料を支払う。
     著作権は、リンゴを管理し、他人が勝手にリンゴを売りさばくことを許さない権利です。ビートルズは残念ながら、この権利を活動初期からディックジェイムズに奪われ、後半には完全に権利を持っていませんでした。
    彼らに残されたのは、レコード一枚あたりいくら=リンゴ一個あたりの収入のみでした。あとはマネジメント会社から払われる給料(契約料)くらいでしょうか?自分が作ったリンゴなのに、自分で自由に売れないのです。
     Bエプスタインは生前、ビートルズとのマネジメント契約が更新されないことを恐れた、といいます。ビートルたちもようやく、自分たちの立ち位置が客観的に見え始めていました。自分たちのリンゴを自分たちで売りたい、そう考えて作った会社が「アップルCo.」だったのではないでしょうか?

    【クックロビンを殺したのは誰か?】
    アランクラインは、主に米国内での販売する権利を持っていましたので、「ビートルズの曲」を使って、自分の会社でいくらでもレコードを作ることができたのです。これって、すごくないですか?売れたら売れるだけ、自分の懐が潤うんです。ビートルズは、自分たちが作った曲なのに、自分たちで売り方を決められない状態でした。

    誰が殺したクックロビン?
    それはわたし、とスズメが言った。

    誰が死に装束を縫うの?
    それはわたし、とカブトムシ(ビートルズ)が言った。

    アランクラインとビートルズとの激闘は死闘になりました。
    グループの崩壊に向けて、加速していきます。
    このあたりのくだりは、アルバム「Let it be」を紹介するときにでも、綴ってみたいと思います。

    ポールの回想
    「一番問題だったのは、アランクラインがフィルスペクターを連れてきたことなんだ。よく「ロングアンドワインディングロード」のことを言われるけど、問題はそこじゃないんだ。フィルスペクターは、実際いい仕事をしたと思うよ。あのアレンジ自体は悪くないと思う。ただ、当時はアランクラインが関わっている、ということだけで許せなかったんだ・・・。」


     
     
    30歳の元銀行員でバツイチです。FP技能士1級と証券アナリスト資格保有。バンドでギター弾いてました。ZEPのライブ音源とビートルズの英国オリジナルレコードを蒐集。効率的市場仮説とインデックス投資と深夜アニメの信奉者。仲良くしてください。

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