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『シン・ラバーソウル』輔弼と『ポールの消えたベース』捜索譚について


     ビートルズのアルバム『ラバー・ソウル(Rubber Soul)』の英国盤モノラルレコードについて、「マトリクス1」に絡んで記事にしました。その続きです。このネタはいくらでも深堀できますね( ´∀` )。
     また、先日NHK-BSで「消えたポールのベースを探せ」番組があり、EテレやNHK-ONEでも放送されていたので、ご覧になられた方も多かったのではないでしょうか?

    「マトリクス1」については、ラウドカット盤ということもあり、逸話については有名ですね。しかし、「マトリクス4」と「マトリクス5」のカッティング(ラッカーカット)担当者については、意外と盲点ではないでしょうか?わたしもハリーモスさんが、カッティングしたと思っていました。

    結論から言うと、「マトリクス4」まではハリー・T・モス(Harry T. Moss)さんが手がけたようですが、「マトリクス5」は彼ではなく、EMIのベテラン女性エンジニアであるヘーゼル・ヤーウッド(Hazel Yarwood)さんがカッティングを担当しました。

    「マトリクス1から4:ハリー・T・モスによる試行錯誤」
     EMIの首席カッティング・エンジニアであったハリー・T・モスさんは、ビートルズの数多くの名盤の溝を刻んできた伝説のカッティング技術者です。しかし、『ラバー・ソウル』のモノラル盤制作ではプレス工場との間でトラブルが発生しました。

    「マトリクス1(1965年11月17日カット)」
    ハリーモスさんは、ビートルズの新アルバムの力強いロックサウンドを再現するため、非常に深い溝で音圧を限界まで上げたカッティングを行いました。これが今日マニアの間でも有名な「ラウドカット(Loud Cut)」盤です。しかし、当時の安価なポータブルプレーヤーでは「針跳びが頻発する」とプレス工場からクレームが入り、EMI上層部は急遽回収とリカットすることにしました。
     ただ、一旦店頭に並んだものを回収するのは、ただでさえ混雑するクリスマスシーズンでの販売現場での混乱を招くだけだ、と判断され、EMI上層部は「リカット」のみを指示したようです。急遽修正したラッカー盤をカットするためにハリーモスさんに指示が下りました。
     
    「マトリクス4(1965年11月19日カット)」
    クレームを受けたハリーモスさんは、わずか2日後に再度カッティングを行います。とはいえ、いくら彼でも、マトリクス2と3はテスト段階で失敗したのか、採用されずに破棄されました。そして、マトリクス4になって、工場側からの要求通り、低音を抑えコンプレッサーを強めに調整して安全に再生できる仕様に仕上がりました。ハリーモスさんにとっては、ビートルズのエネルギを封じ込めたような渾身のマトリクス1が否定され、無難な音作りを要求されたことは、忸怩たる思いがあったのかもしれません。
     そう意味では、このマトリクス4は「EMIや工場側の要求(クレーム)を完全に満たした安全な仕上がり」であり、妥協の産物でした。彼は、自分の仕事をしたことで、これ以上のリカットは必要ないと考えていました。これが初期のマトリクス4の「通常盤」として広く流通することになります。
     レア盤といいつつ、ネットオークションやe-Bayでも、マトリクス1はかなり出回っている気がします。おそらく、マト1のスタンパはそのままで、マト4のスタンパとのハイブリッド盤があることから、やはりマト1の回収はされなかったことが想像されます。ただし、同じマト1でもリアルな初期盤と1966年の後発盤とでは、レーベルの書体が違う等の差異はあります。

    「マトリクス5の誕生:ハリーの拒否とヘーゼルへの交代」
     事件が起きたのは年が明けた1966年1月28日です。
    EMI上層部(またはプレス工場)は、マトリクス4の仕上がりに対して今度は「安全にはなったが、マトリクス1に比べて大人しくなりすぎたのではないか」と真逆なことを言い出し、さらに「内周の曲(特にA面最後の"ミッシェル")でわずかに音が歪む」といったイチャモンをつけて、さらなるリカット(マトリクス5)を要求しました。
    当然、EMIはいつも通りエースであるハリーモスさんに作業を依頼します。しかし、アビイ・ロード・スタジオのカッティング・ルームに入ったハリーモスさんは、EMIからの「前回のマトリクス4をベースに、さらに細かく音量を修正せよ」という指示メモを見て、ショックを受けたようです。技術者としての自分のプライドを激しく傷つけられたと感じたのです。
    「私はプロとして、要求通りの安全なカッティング(マト4)をすでに提供した。これ以上、現場を知らない人間による指示などまっぴら御免だ」
    そう言い残し、ハリーモスさんはカッティング作業を拒否して部屋を出て行ってしまったと伝えられています。

    「救世主となった女性エンジニア『ヘーゼル・ヤーウッド』」
     困り果てたEMI上層部が代わりに白羽の矢を立てたのが、同じくアビイ・ロード・スタジオに所属していたベテランの女性カッティング・エンジニア、ヘーゼル・ヤーウッド(Hazel Yarwood)でした。
     彼女はハリーモスさんの残したマスターテープと向き合い、非常に丁寧で職人技とも言えるカッティングを行いました。彼女は、EMIの中では、クラシック部門のレコードのカッティング技術者でした。EMI上層部は、彼女がクラシックでの弦楽器を扱った経験を買ったようです。まるで暴れ馬のような「マトリクス1」の音をおとなしくさせる、という意図があったのかもしれません。逆に言えば、彼女にとってはロックレコード盤の音をカットしたことがなく、相当な試行錯誤があったのではないでしょうか?
    ①マトリクス1のような「過剰な爆音(針跳び)」は引き続き抑える
    ②マトリクス4で失われていた「ステレオ盤のようなクリアさと、モノラル盤ならではの太いベースの迫力」を両立させる
    ③特に「Michelle」の歪をなくす、もしくは極小にする
    こうした高いハードルを見事乗り越えて、ハリーの代打として彼女が刻んだ「マトリクス5(-5/-5)」が誕生しました。

    「「マトリクス5」はマニアからも絶賛されている?」
     実際にレコードを聴き比べると「マトリクス4」と「マトリクス5」では音の傾向が明らかに異なっていて、わたしのような素人耳にも、別物のレコードに聴こえます。

    A: マトリクス4: マト1の荒々しさを削ぎ落とした「いかにも60年代の標準的なモノラル」という、ややナローでまとまった安全ロックサウンド。

    B:マトリクス5: 音の分離が素晴らしく、ポールのベースラインが非常に輪郭を持って低く響き、それでいてアコースティック・ギターやボーカルの高音域が濁らずにスッキリとした抜けで「オーディオ的に最もバランスの取れている」感じです。それぞれの楽器がキレがよくて、クリアに聴こえます。ジョージのエレキギターが顕著で、キレイに響いています。
     わたしは気が付きませんでしたが、近年の海外のビートルズ・マニアやコレクターの間で「ヘーゼル・ヤーウッド(Hazel Yarwood)」の名前が急速に有名になったようです。ファンの中では、彼女の施したカッティングが『ラバー・ソウル』のモノラル盤の中では、最も美しい音という認識です。
    この「マトリクス5」のレコードは、1960年代のオリジナル盤だけでなく1980年代の再発モノラル盤などにも同じ溝(ラッカー)が使われているそうです。

     

    NHK 世界のドキュメンタリー
    「消えたベースを捜せ ポール・マッカートニー 原点への旅」前後編


     『18歳のポール・マッカートニーがドイツで購入し、ビートルズの初期サウンドの象徴となったヘフナー社のベース(初代“ヴァイオリンベース”)は盗難に遭っていた。当時新たなサウンドを模索していたポールは「別のがあるからいい」と気にしなかったという。だが時は流れ1987年、エルビス・コステロとのセッションをきっかけにビートルズ時代の音を思い出し「あのベースを取り戻したい」と考え始める。ポールの依頼でヘフナー社が記録を辿ると、バンド解散時までは確かにあった。やがて、かつてのウイングスの機材担当者にたどり着くが...。ベースの行方とポールの音楽の変遷。』番組紹介

    『原題:McCARTNEY THE HUNT FOR THE LOST BASS/英2026年』

     いやいや、いいお話でした。一種の群像劇なんだけど、どれだけビートルズのファンがおるネン!と考えさせられる。ネタばらししたくないので、気になる方はご視聴ください。
     とはいえ、ポールもしばらく自分のベースをホッタラカシにしていたし、本人はなんか他人事みたいで、ほとんど気にしていなかったようです。
    それでも、周りの人間が一生懸命探してくれていることに、感謝していて。最後は「おかえり、マイベイビー」とか言っちゃってたり、ライブでベースを披露したり、それなりに感慨深いものがあったようです。「このヘフナーベースは、自分の青春だ」みたいに持って行った感じです。なんにせよ、ポールはいつまでも元気ですね。

     クラウス=フォアマンも出てきたけど、立ち位置が微妙。初期ビートルズ時代に、スチュアート・サトクリフがビートルズを脱退してベースが不在になったときに、「自分を後任に」と売り込んだようです。しかし、あっさりとジョンに「いや、ベースはポールが弾くってさ」と言われて、千載一遇のチャンスを逃したことを残念がっている、みたいな役回りでした。
     ヘフナー社の歴史については、結構知らない話が多かったです。今回の番組もヘフナー社が主導した世界的な捜索プロジェクトにより、2023年にイギリスの民家の屋根裏部屋から奇跡的に発見され、50年以上の時を経てポールの元へ返還されたニュースが元になっています。ヘフナー社の末裔がいろいろと興味深いお話をしていました。

     番組中の表記は、「ヘフナー」で統一。世間では「ホフナー」と呼ばれていることもあります。ベース器材的には、モデル名:Hofner 500/1
    1960年代に、主に2本の異なるヘフナー(1961年製と1963年製)を使用

    ①1961年製(通称:キャバーン・ベース)
     特徴: 2つのピックアップ(マイク)が、ネック寄りに2つ並んでピタリとくっついて配置されています。PUガードがついています。
    歴史: デビュー前からアルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』のレコーディング頃までメインとして酷使されました。
    番組の中で、一旦修理に出されてピックアップ(PU)の補修と再塗装によって、生まれ変わった話も披露されています。補修後の演奏で一番よくわかるのは「Revolution」のMV。カラーでPUの位置と塗装がはっきりしてます。
    見た目が相当変わってしまったため、オリジナルとは別物の「3本目」とも勘違いされそうです。

    ②1963年製(通称:サード・プレス/レギュラー・ベース)
    特徴: 2つのピックアップが、ネック側とブリッジ側に離れて配置されています。
    裏側の木目が美しい「トラ目(フレイム・メイプル)」になっています。
     歴史: 1963年秋にヘフナー社からポールへ贈呈(あるいは購入)されたもので、1964年のアメリカ初上陸(エド・サリヴァン・ショー)や、映画『ハード・デイズ・ナイト』、シェア・スタジアムの公演など、ビートルズ全盛期の映像で見られるのはほぼすべて、この2本目だと思われます。

    ☆彡ちなみに、この初代ヘフナーベースは、映画「Let it Be」や「Get Back」では、ほぼ使われていなかった(2代目を使用)のですが、初代は一瞬画面に映っているそうです。解散時のゴタゴタで楽器のことは、ほとんど顧みられていなかったようです。ウイングス時代は、リッケンバッカー4000/1sがメインでした。

     第二次世界大戦後のイギリスは深刻な外貨不足に陥っており、政府は1959年後半までアメリカからの製品の輸入を厳しく制限(禁輸措置)していました。そのため、1950年代後半のアマチュア時代のジョンやポールにとって、アメリカ製のフェンダーやギブソンは「楽器店で見かけることすらできない幻の存在」だったようです。
     その後ビートルズからスチュが脱退し、ポールが急遽ベースに転向します。ポールは楽器店でフェンダーのプレシジョンベースを見つけましたが、あまりに高額で手が出ませんでした。そこで見つけたのが、フェンダーの約3分の1の価格で買えたドイツ製のへフナー500/1でした。ポールは「安かったし、何よりボディが左右対称だから、左利きの僕がひっくり返して弦を張り替えても、不格好に見えないところが気に入ったんだ」と回想しています。ちなみに、当時で30£くらいだったそうです。運命の出会いですね。

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    30歳の元銀行員でバツイチです。FP技能士1級と証券アナリスト資格保有。バンドでギター弾いてました。ZEPのライブ音源とビートルズの英国オリジナルレコードを蒐集。効率的市場仮説とインデックス投資と深夜アニメの信奉者。仲良くしてください。

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