
『イン・ザ・メガチャーチ』が怖すぎる。推し活の違和感を言語化された読書体験|note×ダ・ヴィンチコラボ「次に読む一冊」(#読書感想文 #イン・ザ・メガチャーチ #推し活 #SNS #エッセイ #読書 #心理学)
「いや〜、面白かった!」と手放しで喜べるような読書体験ではありませんでした。
正確に言うなら、「あまりの鋭さに脳をぶん殴られた」という感覚です。
読み終えた後もずっと、胸の奥に残ったゾクゾクするような衝動が収まりません。
私にとって、これまでのファン活動とは、あくまで「消費」でした。
ライブに行って、グッズを買って、その対価として楽しさをもらう。
それくらいの距離感だったと思います。
でも、昨今の「推し活」を見ていると、SNSにあふれる「生まれてきてくれてありがとう」という過剰な感謝や、生活を削ってまで投げ銭を続けるような姿に、どこか宗教的な熱狂を感じることがありました。
私はそこに、ずっと奇妙な座りの悪い違和感を抱いていたんです。
だからこの本を手に取ったのかもしれません。
そして読み終えた瞬間、その違和感は――背筋が凍るほどの「納得」へと形を変えてしまったのです。
本作は、推し活や陰謀論を題材に、現代社会の承認欲求と依存の病理を描き出す連作短編です。
仕事と家庭を失い、アイドル運営にのめり込むことで、自他の境界線を失っていく中年男性。
肥大化した自意識に苦しみ、現実から逃避してアイドルに自分を投影する女子大生。
そして、極貧生活の中で推し活だけを生存の支えにし、やがて陰謀論という甘美な虚構へ堕ちていく派遣社員。
彼らの姿を追いながら、私はずっと抱えていた謎の答えを、真正面から突きつけられることになりました。
私が長年不思議に思っていたことの一つに、ファンが使う「表情管理、完璧だね」という言葉があります。
本来、ファンにとって「推し」はリスペクトする存在のはずなのに、なぜかプロデューサーのような目線で評価を下す。
そこには、コンテンツを査定するような、上位者の視線が混ざっているように感じていました。
そして本書は、その理由について、残酷なくらい腑に落ちる答えを見せてくれました。
彼らにとって推し活とは、「自分という空白を埋めるためのアイデンティティの投影」だったのです。
「生まれてきてくれてありがとう」も、「表情管理、完璧だね」も、推しに向けているようでいて、実は「空っぽの自分」にかけてほしかった言葉を、推しという鏡を通して自分自身に投げかけている。
そんなふうにも読めました。
自分自身の人生に物語がないからこそ、他人の物語に自分を仮託する。
そして、自分を審査するように推しを査定する。
そう考えると、これまで感じていた違和感が、怖いくらい一本につながっていきます。
何より恐ろしいと感じたのは、人間のこうした心理的なもろさを、作中の運営側がすべて理解したうえで、「ビジネス」として仕掛けているところです。
自分は何者で、どこへ向かいたいのか。
その「自分の芯」が空白になっている人は、自分自身を成長させることに自信が持てない。
だからこそ、手っ取り早く「推しの成功」や「インフルエンサーの言葉」を、自分の存在証明にすり替えてしまう。
確固たる価値観という防御壁を持たないから、誰かが用意した分かりやすい正解や救済を、疑うことなく飲み干してしまう。
そういう人間の弱さが、ものすごくリアルに描かれていました。
作中の運営側が放つ、
「みんな自分を使い切りたいと思っている。だから使い切らせてあげるんです」
という言葉が、読後も耳から離れません。
自分のために努力するのは怖い。
でも、誰かのためにボロボロになるまで自分を燃やすことならできる。
何かに自分を使い果たし、燃やし尽くすことは、この無慈悲な社会の中で唯一許された「生の証明」なのかもしれません。
だからこそ人は、自ら進んで誰かのビジネスの「燃料」になることを選んでしまう。
そう考えると、これは決して「推し活をする人だけの話」ではないのだと思います。
タイトルの『メガチャーチ』とは、特定の宗教施設のことではありません。
自分という物語を失った人々が、救いを求めて押し寄せる「現代社会そのもの」を指しているのだと思います。
そして、この巨大な教会には、恐ろしいことに出口がありません。
推しが消えても、運営が崩壊しても、自分の中に「自分」という芯が戻らない限り、人はまた別の、分かりやすい物語を求めて移動するだけなのです。
「あなたは今、誰の物語を生きていますか?」
この本は、そんな残酷な問いを私たちに突きつけてきます。
緻密な人間観察で読者の精神を追い詰めていく、極上のサイコロジカルホラー。
「聖域」という皮を被った「搾取のシステム」をここまで描き出してしまう、作者の底知れない知性と美しき悪意に、ゾクゾクが止まりませんでした。
「構造分析」や「人間心理」「マーケティング」などが好きな方にはこれ以上なく脳汁が出る一冊です。
ただし、正統派の「物語」が持つ主人公の葛藤や障害から生み出されるストーリー的カタルシスを求めている方にはあまりの「性格の悪さ(視座の鋭さ)」に、耐えられない一冊となるでしょう。
私は、この残酷なまでの「解剖図」が、たまらなく好きでした。
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