
『水色の浴衣と赤い金魚』#待つ時間#シロクマ文芸部【ショートショート】
待つ時間。ラムネの瓶の中でカランと鳴ったビー玉の音。
夏祭りの神社の境内。
立ち並ぶ屋台から流れるソースの焦げた匂いと、行き交う人々の熱気。
鳥居の陰、水色の生地に赤い金魚が泳ぐ浴衣を着た後ろ姿。手には冷え切ったラムネの瓶。人混みの向こうを探すように佇む華奢な背中。
石段を駆け上がりながら、僕は荒い息を整えた。
約束の時間から二十分。スマホの画面には、十五分前に僕が送ったメッセージが残っている。
『ちょっと遅れる! 先に行ってて!』
既読はついたが返信はなかった。
怒っているかもしれない。いや、彼女の性格なら「先に行くわけないじゃん」と唇を尖らせて待っているに違いない。
鳥居の脇、人混みから少し外れた神木の根元。
水色に赤い金魚の浴衣、アップに結い上げた黒髪。事前に聞いていた通りの後ろ姿を見つけ、僕はホッと胸をなで下ろした。
古典的だが「だーれだ?」などと目隠しして機嫌を直してもらおうと、息を殺してそっと背後から回り込む。
「だーれ、えっ——」
満面の笑みで目隠しをしようとした瞬間、彼女が振り向いた。
言葉が喉に張り付いた。
振り返ったのは、彼女ではなかった。
同じ浴衣を着て、同じ髪型をしているが、見知らぬ女だった。水晶玉のような冷たい目で、まっすぐに僕を見つめている。
「……誰?」
女は一切表情を変えず、浴衣の長い袂(たもと)に右手を滑り込ませながら、低く乾いた声で呟いた。
「誰って、お前がネットで依頼した『僕の退屈な青春を終わらせてくれる人』だが」
「は?」
腹の底を揺さぶる巨大な破裂音が炸裂した。夜空に色とりどりの火花が弾け飛ぶ。
轟音に重なるようにして、女の袂の中から、プシュッと耳慣れない小さな空気の抜ける音が響く。
胸元に走った鋭い熱さのあと、僕の視界はゆっくりと横倒しになった。
「期間限定無料キャンペーンは今回きりにするか」
カラン、コロン。
石段に崩れ落ちる僕の横で、女の手から手放されたラムネの瓶が、賑やかな夜の闇の中をどこまでも転がり落ちていった。
【お知らせ】
本格ダークサスペンス連載小説『共生者——戦略資産としての人狼——』が、全10話(約2万5000文字)で堂々完結しました。是非第一話からご覧ください。
「駆除するより、飼ったほうが得だ」
千葉の雑木林で見つかった、頭蓋骨を素手で割られた遺体。
追うのは、警察組織の不自然な隠蔽に抗う新人刑事・三上陸。
追われるのは、15歳で自らの血の宿命を知らされた少年・真壁朔。
捕食する者と、飼い慣らす国家、そして間引かれる人間。
二つの視点が交錯するとき、世界の前提が静かに崩れ落ちる。