
今日ときめいたこと803➖「日本のメディアにその覚悟はあるか?」
(2026年10月9日付朝日新聞 メディア私評 「トランプ政権監視 連帯する報道 支える市民の理解」津山恵子氏の言葉)
トランプ大統領がCNNなどのメディア3社のホワイトハウスへの出入り禁止をしたことに対して、3社は報道の自由などを侵害されたとしてホワイトハウスを提訴した。さらに、メディア界はCNNに加え、FOX ニュース、ABC、CBS、NBCの5社は大統領の動きを輪番で代表撮影するプール取材を一時拒否、停止して連帯を示した。日本のメディアが同じような行動が取れるかと下の記事に書いた。
*プール取材とは1963年のケネディ大統領暗殺事件後、メディアは大統領が公の場に出る際にはカメラを向けておかなければならないと認識し、プールによる代表取材につながっているというものだ。それが一時的に絶たれたことは異例な事態だという。
津山氏の記事はさらに続く。
米メディア界は今回、これまでの経緯をニュースとして扱い、速報し、詳しく報じている。これはジャーナリズムが公権力を監視し、表現の自由を体現する仕事であると言う認識がメディア界の中に息づいているためだ。日本と異なり、市民の間でも「メディア、イコール、ウォッチドッグ(番犬)」という認識は強い。つまり公権力や大企業などを監視し、不正を暴く、ジャーナリズムの社会的な役割は、市民から大きな支持を得ている。
この市民の理解が主要メディアの収益を大きく支えているという。
ニューヨーク・タイムズのデジタルの有料購読者数は約1280万人。世界で最大のデジタル購読者に支えられる新聞だという。
英紙ガーディアンの米国版「ガーディアンUS」の年間収入の7割はデジタル読者からの寄付だそうだ。
何故寄付が集まるのか?
「質の高い調査報道は監視力となる。寄付が報道活動を直接支えています」という記事末尾の呼びかけに共感する人が多くいるためだ。そしてその収入も2026年3月末で、過去最高の8140万ドルに達したという。
これは米国市民が建国以来「表現の自由を守る」というメディアの社会的役割に共鳴してきたためだという。「日常的な市民とジャーナリズムの信頼関係が存在していることの証しでもあろう」(専修大学・山田健太教授)
さて日本のメディアはどうか?
ウォッチドッグの役割が果たせているだろうか?
総務大臣だった首相が「電波を止める」発言をした時のメディアの沈黙の一件以来、私にはどうも信頼することができない。外国人ジャーナリストが指摘する日本メディアの特徴的な取材方法「アクセスジャーナリズム」の危険性も気になる。
(アクセスジャーナリズムは、権力者や有力な情報源に近づいて情報を得る報道のやり方です)
近さが優先される
政治家や官僚、企業幹部などに継続して接触できると、記者は情報を得やすくなります。 その一方で、関係を壊したくないために、踏み込んだ追及が弱くなるという批判があります。
監視機能が弱まりやすい
本来のジャーナリズムは、事実を集めて社会に伝え、権力を監視する役割を持ちます。コトバンクでも、ジャーナリズムは報道や解説を伝える活動だと整理されています。 (kotobank.jp) アクセスジャーナリズムは、その役割よりも取材先への接近維持が前面に出る状態として語られます。
インタビューする記者たちの弱腰も気になる。へりくだっておどおどして。何故もっと食い下がって聞き出さないのかといつも思う。外国の記者たちの質問を聞くたびに「ほう、そこまで言うか」と思うほど追求する姿は頼もしい。
こんなメディアの姿勢が市民に伝わって、新聞の購読数減少、テレビの視聴率低下につながっていないだろうか。ニューヨークタイムズの記者は「ウォッチドッグ」の役割が果たせないならジャーナリストを辞めた方がいいとまで言い切っている。アメリカの政権はひどいけれど、まだメディアが健闘しているところにアメリカの力を感じる。日本のメディアにその覚悟はあるか?