
選べる世代と、選ばれていた私たち
ひと回り下の子と、ひと回り上の夫と、
4日間、3人で話した。
仕事のこと。過去のこと。これからのこと。
何気ない会話のはずなのに、
何度も気になる瞬間があった。
「ああ、違う時代を生きてるんだな」って。
彼女は、大企業を辞めたと言った。
それも、特別な覚悟というよりは、
「三年経ったし、他にやりたいことをやりたい」
という自然な流れで。
就職も、転職も、これからの働き方も、
“選ぶ前提”で話していた。
すごいな、と思った。
私たちは違った。
やっとの思いで入った場所を、
簡単に手放すなんて考えられなかった。
選ぶ側じゃなくて、選ばれる側だったから。
だからずっと思っていた。
この場所を失ったら、もう次はないかもしれないって。
でも、ふと思い出した。
私たちも、その安定を離れている。
二人ともコネで入った大企業を辞めて、
今は自営業をしている。
あの時は怖かった。
正解なんて分からなかったし、
むしろ“間違いかもしれない”と思いながら進んだ。
それでも、今ここにいる。
彼女たちは、自由に見える。
でもそれはきっと、“自由な時代”だけじゃなくて、
“選び続ける責任”も一緒に持っているということだと思う。
私たちは、選ばれた場所に留まることで、
守られていたものも確かにあった。
ただ、時が違った。
すべての時があった。
あの時も、今も、
ちゃんとここにつながっている。

歌も作った。
こちらのアルバムに収録。

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