
ドラマ『Tシャツが乾くまで』最終話②|「気持ち悪い」の正体─同じ物語を見ているのに、みんな見ているものが違う
昨日はドラマ『Tシャツが乾くまで』最終話を見終わって、ほとんど考える時間もなく、そのまま感情のままに投稿した。それはそれで、本当の気持ち。嘘はない。投稿しなきゃよかったとも思っていない。
▶︎ドラマ『Tシャツが乾くまで』感想まとめ
ただ、お風呂に入ってゆっくり考えて少し落ち着いたので、改めて、このドラマを俯瞰して考えてみようと思う。そして、いくつか他の人の考察も読んでみた。
そしたら、昨日とはまた違う意味で、いろいろと思うところがあった。
あずさと充
大枠で見ると、この物語は、あずさと充の2人がきっかけとなって起きた出来事の物語だったように思う。
その結果として、
あずさは死亡。充は離婚し、物語から退場する。
自分たちが蒔いた種を、自分たちで刈り取る。
そういう構図に見える。
そして、「充が先に失踪したんだから悪いのは充」「自業自得」という見方が土台になっているようにも見える。
日本では、何か問題が起きたとき、
「先にやったほうが悪い」
「自分で招いたんだから仕方ない」「自業自得」
という考え方が、かなり強くあるように思う。
でも、夫婦の話として考えると、私はそうは思わない。
夫婦の問題
夫婦というのは、基本的には2人で生きていく関係。
もちろん、どちらか一方に明確な加害行為がある場合は別。
でも、この物語の2人については、
「あずさと充が先に不倫疑惑を持たせたのがいけない」
「充が先に失踪したから、充が悪い」とはいえない。
何か問題が起きたなら、話し合う。相手の気持ちを聞く。
自分の気持ちも伝える。必要なら、一緒にやり方を変える。
そうやって2人で解決していくものだ。
だって結婚って、
一生一緒に生きていこうと、お互いに決めることだから。
だからこそ私は、最終的に咲子が「別れたい」と言う理由が、浅すぎると感じた。
もっと努力できたんじゃないの?
もっと話せたんじゃないの?
もっと一緒に考えられたんじゃないの?
そこが、私には一番気持ち悪かった。そして、一番許せなかったところだ。
同じことを繰り返す
そう思った理由の一つが、最後まで出てきた「フィルター」。
充が、「数日後に洗濯乾燥機のフィルターが届くよ」と言っていた。
私は、あれを見て、ああ、この人はまた新しい「好きな人フィルター」を手に入れるんじゃないか。と思った。
今度は樹生を見るためのフィルター。
そうやって、また誰かを好きになって、また同じことを繰り返す。
人間って、そんなに簡単には変わらないと思うから。
咲子も、きっと同じことを繰り返す。
シーツを1年以上洗っていない
これはもう、物語の本筋とは関係ないけど。
普通に。シーツを1年以上洗ってないって、汚すぎる。。。
寝ている間って、かなり汗をかく。それを1年以上……。
いろんな意味で不潔で、気持ち悪い。
そんなヒロインだった、私にとっては。
他の考察をしていた人は、「充を忘れないために洗わなかった」と言っていたけど、それはそれで、やり方がどうなのと思う。
他の人の考察
自分が感想を書く前は、他の人の考えや予告を見ないようにしている。
純粋な感想を書くために。
だから全てを見終わった後、いくつか他の人の感想や考察を見てみた。
すると、「なるほど、そう見るのか」と思うものばかり。
同じドラマを見ているのに、全然違うところを見ている。
いろんな考え方があるんだなぁと。……思った。
その結果、私が感じたこと。
やっぱり、理解できない。気持ち悪い。
「曖昧なまま」を楽しめる人
たぶん、この作品は、
「これはどういう意味なんだろう?」
「本当はどういう気持ちだったんだろう?」
「この行動には、別の意味があるんじゃないか?」
と、答えが一つに決まっていない部分を考察しながら楽しめる人には、とても面白い作品だったんだと思う。
余白がある。答えを決めつけない。
グレーのまま置いておく。そして、自分なりの答えを見つける。
そういう楽しみ方ができる人のほうが、このドラマを深く楽しめたのかもしれない。
でも私は、どうやら全然違う。
私は、「で、結局どういうことなの?」と思ってしまう。
曖昧なものを曖昧なまま楽しむより、
白なのか黒なのか。好きなのか嫌いなのか。
一緒にいたいのか、離れたいのか。
何が問題だったのか。どうしてそうなったのか。
そこをはっきりさせたくなる。
私は「冬」
「パーソナルカラー完全版の記事」を仕上げてから特に。
つくづく自分は「冬だなぁ」と思う。
冬の色は、コントラストが強い。白と黒。
深い色と、クリアな色。輪郭がはっきりしている。
もちろん、パーソナルカラーだけで人間の性格が決まるわけではない。
でも、自分自身を観察していると、私は曖昧なものより、輪郭のあるものを好む。という傾向は確かにあると思う。
だから、「いろんな見方ができます」「答えは人それぞれです」という作品を見ると、「いや、待って。結局どういうこと?」となる。
そして今回、いろんな人の考察を読んでみて、改めて思った。
私はやっぱり、グレーゾーンを楽しめるタイプではない。
白黒つけたい。納得したい。ちゃんと説明してほしい。
そのほうが落ち着く。
だから、この最終話を見て、こんなにもモヤモヤしたのかもしれない。
同じ物語を見ているのに、見えているものがこんなに違う。
それ自体は、面白いことなのだと思う。
でも私は、やっぱり「冬」なんだな。
と、最後に自分のことまで観測することになったのだった。

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