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8:ハイドン(偽)と読経を作った

     技術部が移動してスペースが広くなったので制作に取りかかる事にした。

     練習も兼ね、手始めに 3340S で難なく出来るデモ制作。

     この頃(1976年後半)Roland のモジュラーシンセ第一弾の System-100 は既に発売されてて、パッチサンプル(バイオリンの音はこうやって作りましょうみたいなやつ)の本が付いていた。

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    System-100 の基本ユニット 101 のパッチサンプル集
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    System-100 の基本ユニット 101 のパンフ1
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    System-100 の基本ユニット 101 のパンフ2

     この本の最後のページには曲サンプルとして「ハイドンのセレナーデ」が収録されている(後年の研究でこの曲はハイドン作ではないという事になっている)。

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    ハイドン作ではなかったハイドンのセレナーデ
    原稿書くのに調べてたらオモチャのシンフォニーもハイドンじゃなかったのか…
    小学校の頃の教科書に「ハイドンの〜おじ~さんも~」とか歌詞ついてたぞ!

     これは弦楽4重奏の曲なので、A-3340S の4つのトラックに録音するのに丁度よかった。
     にも関わらず、それで作られたサンプルの音がローランドにはなかった。楽器メーカーなのにね!

     この辺は結構切実で、10代の私ですら「ちゃんとしたデモ音源がないと、商品が売りにくいのでは?」なんて思ったものだ。

     ってなこって A-3340S にかけられるローランドのサウンドサンプルテープはシンセサイザー普及のため、メーカーにとってもユーザーにとっても必須だと、みんな内心思っていた>アメリカではサンプルソノシートがあったんだけど「こんなの配ったら売り上げ落ちるよね?」ってクオリティーだった(そのうち紹介します)

     で、まず録音したハイドン(偽)のセレナーデがこれ。


     さらに、効果音の入ったテープがこれ
    オートバイ>クラクション>事故>パトカー>読経

     この効果音のラスト(55秒~)に入ってる読経の音作りは、後に冨田さんに絶賛される事になるのだが、その辺は3~4回後で書きます。


     効果音は何種類か作ったんだけど、この音の作り方はシンセ講習会での説明に向いていた(確か FM のシンセ特集番組でも、この音が紹介された)。

     例えば33秒あたりの事故音は VCF のレゾナンスを上げて発振させ、そのピッチを VCF のモジュレーション・インにつないだホワイト・ノイズからコントロールする。
     この時、VCF のカットオフ・フレケンシーの上下で爆発音を地響きのような重低音にしたり爆竹のようなハイピッチの音にしたりできる。
     またモジュレーションの深さで爆発の派手さを変える事が出来る。

     また、24秒あたりのパトカーのサイレンは VCO を LFO の矩形波でモジュレーションするとピーポーピーポーという感じになる。

     さらに、クラクションの音は2つの VCO のピッチを長3度にセットして、鍵盤を弾きながら両方の VCO のピッチをダウンさせると、ドップラー効果を付けられる(ジェフベックの「ライブ・ワイヤー」の一曲目でキーボードのヤンハマーが、この技を使っている)。

     ただし System-100 は2つの VCO のピッチをまとめてベンドダウンするのが難しかったので、両 VCO のモジュレーション・インに停止状態のシーケンサーの CV をつなぎ、停止中のステップの CV ボリュームを動かしてベンディングしていた。

     機材の機能が足りない分をアイディアで切り抜けるっていうのは結構楽しくて、後年パソコンをいじるようになっても「やりたい事を、どう考えるか?」っていう思考能力の訓練になったと思う。


     で、1970年代、想定されるシンセのユーザーには多分以下の4層がいて…

    • バンドでシンセを弾く>ELP、YES とか…「女の子にもてたい!」という人類における基本的欲求が青年達を動かした

    • 多重録音をする人>目指せトミタ!な人たち

    • 電子オルガンの第3鍵盤として使う>エレクトーンとかビクトロンとかドリーマトーンとか、かなり潜在ユーザーが想定された

    • 効果音を作る

     バンドと多重録音は分かるとして、電子オルガンユーザーというの1960年代後半あたりをピークにかなりな数いて(女の子が圧倒的に多く、機種はエレクトーン=ヤマハ)、自宅にエレクトーンがある女の子の家に遊びに行ってエレクトーンを聞かせてもらうというのは、小学生男子のステータスの一つだったりした(横浜地区だけか?)。

     ちなみに私はエレクトーンの演奏より、楽器にくっついてるリズムボックスが面白くてしょうがなくて、友達の妹のエレクトーン狙いで、しょっちゅう遊びに行った。

     多分、エレクトーンが多かったのはヤマハの販売戦略の効果で、エレクトーンを買う>ヤマハの教室に通う>上手くなったら次世代機をすすめる、という仕組みが出来てたんだと思うけど、実際セールスマンの売り込みは凄く、うちにもしょっちゅう代理店の人が来ていた。

     そして4つ目の効果音だが、これは恐らく1970年あたりを境に急速に廃止されて行った蒸気機関車の音を記録として残す、というのと関連してたと思う。
     生で録音するんで「生録」「ナマロク」とか言っていた。
     今だと「撮り鉄」なわけだが、当時は「録り鉄」も結構いたってわけだ。

     彼らの基本機材はソニーのカセットデンスケというステレオ仕様のショルダーカセット。
     これにパラボラアンテナみたいな集音器付きマイク、そしてヘッドフォンという、まあ今で言えばヲタクファッション的な雰囲気(でも当時はカッコいい若人!)で SL の音収録とかに出向いたわけである(小海線たりだったかな?)。

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    ナマロク系雑誌、ここでは旅客機の音録ってますけど
    よく見ると、車にオープンリール積んでます!

     ところが、あちこちの機関車を録り終わるとネタがなくなってしまい、こういう人達が「自分で機関車の音を作ってみる」という方向に流れていったのである。
     これは、わりと無視できない層で、電子オルガン層より機材に詳しい分、新規顧客として有望だったわけだ。


     そんな具合で、私が作った 3340S 用のオープンリールテープのコピーは、技術部でお客さんに聞かせるだけではなく、あちこちで行われていたローランドのシンセサイザー講習会でも使用されたのだった。

     
     
    うる星やつら(1980年代)、みゆき、あらしのよるに等のアニメの音楽を書いていたりする音楽家 最近は女優の由美かおるの仕事をしていたりする アナログシンセと Apple-II のゲームソフトを収集しまくるヲタク Moog-IIIc や Roland System-700 等を所有

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