
武市半平太・坂本龍馬・中岡慎太郎
高知駅前南口の「こうち旅広場」にある「三志士像」。

向かって左から武市半平太。

この方は武市半平太。
江戸時代末期に土佐藩で活躍した尊王攘夷派の志士。
「土佐勤王党」を結成して、坂本龍馬や中岡慎太郎を率い、
京都の政局や土佐藩の政治に強い影響を与えた人物。
のちに土佐藩の藩主の山内容堂による、
尊王攘夷派の弾圧を受け、切腹を命じられ、
37歳の生涯を閉じました。

このnoteにも何度も登場している龍馬さん。
坂本龍馬は江戸時代末期の土佐藩出身の志士。
日本の近代化の礎を築いた風雲児。
土佐藩を脱藩した後、薩長同盟の仲介や
勝海舟のもとでの海軍設立、
日本初の商社とされる「亀山社中(のちの海援隊)」の結成など、
既存の枠にとらわれない柔軟な発想で歴史を動かしたと言われます。
(この活躍はすべて嘘だという説もありますが、、、。)
「大政奉還」のアイデアとなる「船中八策」を提示するなど、
明治維新の推進役を果たしましたが、
31歳の若さで京都の近江屋にて暗殺されました。

この方は中岡慎太郎。
中岡慎太郎は江戸時代末期の土佐藩出身の志士。
武市半平太が結成した土佐勤王党に参加した後に脱藩し、
坂本龍馬と共に薩長同盟の締結に向けて奔走しました。
倒幕を唱えて自ら「陸援隊」を組織し、
精力的に活動しましたが、
京都の近江屋にて龍馬と共に襲撃され、
29歳の若さで命を落としました。
武市半平太は37歳、
坂本龍馬は31歳、
中岡慎太郎は29歳、
若すぎますよね。
もし、3名が亡くなることなく、
明治の世を生きられていたなら、
どんな偉業をなされていたんでしょうか。
見てみたかったなぁ。

夜の三志士像は
ちょっと不気味だったのはここだけの話。