
楽しい事は好き…ですよ?
母が宗教をやっていた影響で、この世は修行の場であるから辛い事があるのは当たり前、生きる事は苦、そしていつか必ず死ぬんだからそれまで精いっぱい生きてやる、と思っている
自分が母親になって、生きる事の奇跡と神秘、使命を体感した
身ごもり、自分の身体の中で人間が育つ神秘
それが男女が生理的な性的欲求によって行う事から導き出だされるという生き物の使命
しかもそれは計画的に希望したって必ずしも叶う訳じゃない
何万もの細胞がただ流される中、出会う事の出来た細胞同士が結びつき成長出来る
この世に生まれる事は、奇跡的な確率
だから、どんな困難があろうと精いっぱい生きるのが、この世に生命を享けた者の使命だ、と思っている
今の私の状況は一昔前ならいわゆる幸薄い未亡人
確かに「女である」とか「未亡人である」とか「生活を維持する能力に欠ける」という事実に苦慮している
そして私の人生の最大の目的は、守るべきものを守りながら生きている間、独りで生きていける自分になる事
目的を達成するために、その置かれた時代や立場を見極めて、いわゆる常識やルールに則って行動する必要がある
生涯困らないくらいの財産家とか、突き抜けた才能を持ち合わせた天才とかでもなければ、自分本意だけではやっていけない
だけれど、どこに価値を見出すのか?は、それぞれ次第
私の行動する原動力は、シンプルに希望や願望があるから
やりたい、欲しい、楽しい、を得たいから
やりたいからやる
好きだから続ける
達成したいから努力する
目的に向かって一歩踏み出すために気合いを入れる
そこに自分のコンフォートがあるかないか?は重要な判断基準
なので努力する事は目的でも目標でもないし、苦労や苦痛は美徳じゃないと思っている
文明が発達した根底には、人間がいかに快適に生きていけるかを求めたからだと思っている
その意識があるからか、自分がどう思うか感じるかは大切な思考と捉えている
あまり同調意識が無いのも、それを脅かされる事の方が嫌だから
保身のためにも、集団やコミュニティで自己主張するほど自分勝手では無いけれど
それを見失わないと心に誓っている
だって、シンプルに「楽しい事は好き」だし、「嬉しい事があれば快適」
短い人生で、その希望や願望を叶えるために努力はするものだし、それが精いっぱい生きる事だと思っている
どうもこの思考に他人の共感を得られない事がある
それが私には解らない最大の思考