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【超蚳䞖界神話】カリスト


    午埌の森には、ただ陜が残っおいた。

    枝葉の隙間からこがれる光が、草の䞊に淡いただらを描いおいる。


    狩りに疲れたカリストは、匓を傍らに眮き、
    矢筒を枕にしお暪たわっおいた。


    山を駆け巡った火照りが、ただ身䜓の奥深くでくすぶっおいる。

    颚が吹くたび、額に匵り぀いた髪がかすかに揺れた。


    そのずき。

    草を螏む、埮かな足音がした。

    カリストがゆるやかに目を開ける。

    朚挏れ日の眩みの向こうに、芋慣れた姿が立っおいた。


    高く結い䞊げられた髪。

    肩に掛けられた匓。

    幟床ずなく同じ山を駆け、幟床ずなくその背を远った女神。

    「こんなずこで寝おたの」

    そしお、い぀もの声。


    カリストは、ゆっくりず身を起こした。


    たったそれだけで、カリストの身䜓から匵り぀めおいたものが、はらりず解け萜ちた。

    譊戒など、䞀欠片すら抱くはずもない。

    この深い森の䞭で、圌女ほど心を預けられる存圚などいなかった。

    「今日はどこたで行っおたの」

    女神はそう蚀いながら、カリストの傍らに腰を䞋ろした。


    ――近い。


    い぀もより、ほんの少しだけ。

    互いの肌に、あずわずかで觊れられそうなほどに。

    それでも、カリストは身を匕かなかった。


    アルテミスなのだから。


    䞀日䞭、同じ獲物を远うこずもある。

    肩を䞊べお山道を歩くこずもある。

    息を切らし、汗に濡れた顔だっお、ずうに芋られおいる。

    今さら、この皋床を気にする理由などなかった。

    「疲れた」

    顔を芗き蟌たれる。

    その瞳の䞭に、己の姿が小さく揺れおいた。


    カリストは、少し困ったように笑った。

    女神も笑った。

    それは、たしかに芋慣れたはずの笑顔だった。


    ただ。


    い぀もなら、新たな獲物の気配を感じた途端に身を翻しおしたう女神が、
    この日は動かなかった。

    カリストの瞳の奥を芗き蟌んだたた、そこにいた。

    「顔、赀いよ」

    现い指先が、ゆっくりず䌞び、頬に觊れた。

    それは、感じたこずのない、ひやりずした指だった。

    その冷たさに、カリストはそっず目を䌏せる。

    胞の奥で、䜕かが小さく揺れた。

    それが䜕なのか。

    名前を぀けようずするより先に、ひず぀の確かな思いが、
    すべおを静かに芆っおしたう。


    アルテミスなのだから。


    幟床も、その背を远った。

    幟床も、名を呌ばれた。

    他の誰より近いずころで、その匓から攟たれた矢が獲物を射抜く瞬間を芋おきた。

    だから。

    その手を疑うこずなど、思い぀きもしなかった。


    女神の顔が、ゆっくりず近づいおくる。

    吐息が、唇をかすめた。

    カリストは逃げなかった。

    逃げるなんお遞択肢そのものが、圌女の䞭にはなかった。

    アルテミスだから。

    圌女なら。

    この人なら。


    そしお、䞍意に唇が重なった。


    戞惑いはあった。

    けれど、口づけは䞀床では終わらなかった。

    それでも、恐怖は感じなかった。


    どうしお。


    胞の奥に浮かんだのは、それだけだった。

    どうしお、こんなこずをするのだろう。

    けれどその疑問さえ、きっず、䜕か理由があるのだ。

    そう思えた。

    盞手が、アルテミスだったから。

    もう䞀床、距離がなくなる。

    腕が背ぞ回る。

    今床は、少し匷い。

    カリストの肩が、わずかにこわばった。

    䜕かが違う。

    声も。

    顔も。

    髪も。

    その姿のすべおが、確かにアルテミスであるはずなのに。

    觊れ方だけが。

    知らない。

    い぀もの圌女なら――。


    カリストの唇から、ゆっくりず笑みが消えおいった。



    「アルテミスさた  」






    「――っおこずがあっおさヌ」


    画像


    アルテミスは、頬をぷくっず膚らたせた。


    「    」

    向かいでは、アフロディヌテが黙り蟌んでいる。

    「アフロディヌテ」

    「聞いおたす」

    「ほんず」

    「聞いおたすずも」

    劙に目が据わっおいたが、アルテミスは気にせず続けた。


    「でさ。あたしの栌奜しお近づいたんだよ」


    「ええ」

    「カリスト、あたしだず思っおたんだから。譊戒しないじゃん」

    「  ええ」

    「そこを利甚するずか、普通に卑怯でしょヌ」

    アフロディヌテの眉間に、深い皺が寄った。

    「で、」

    「ん」

    「盞手の正䜓が  」


    「そう。あのオッサンれりス」


    沈黙。

    アフロディヌテは、静かに息を吞った。


    「癟合に挟たる男はギルティです」


    「でしょヌ」

    アルテミスは勢いよく身を乗り出した。

    「しかもさ、人の姿䜿っおんだよ カリストがあたしを信甚しおるっお分かっおお、そういうの反則じゃん」

    「党面的に同意したす」

    「だよねヌ」

    二人は、力匷く頷き合った。

    「本圓に蚱し難いです」

    「でしょ」

    「他人の姿を借り、その人に向けられた愛 信頌を利甚するなど」

    「そう そこ」

    「たしお、その間に入り蟌むなど」

    「そうそう」


    「最悪です」

    「最悪」


    すべおを掗いざらいぶちたけるず、アルテミスは倚少なりずも気が晎れるような心地がしおいた。

    アフロディヌテも深く頷く。


    「それはそれずしお」


    「ん」

    アフロディヌテの目぀きが倉わった。

    「カリストさん」

    「カリスト」

    「アルテミスになら、あそこたで近づかれおも平気だったんですよね」

    「うん。だっお仲いいし」

    「  仲がいい」

    「䞀緒に狩りしおるし。い぀も近くにいるよ」

    アフロディヌテの目が、わずかに光った。

    「では、頬に觊れられおも」

    「んヌ。たあ、あたしだず思っおたなら」

    「顔を寄せられおも」

    「そうじゃない」

    「口づけされおも、すぐには拒たなかった」

    「だっお、あたしだず思っおたんでしょ」

    「    」

    「」

    アルテミスが銖を傟げる。

    アフロディヌテは、しばらく䜕も蚀わなかった。

    それから、ほんの少しだけ芖線を逞らし、


    「倩然タラシ×無自芚片思い  栄逊䟡たかい  」


    がそりず呟いた。

    「なんの話」

    「いえ、なんでもありたせん」

    「」

    アルテミスは、銖を傟げた。



    【甚語解説】

    ■ カリスト

    ギリシア神話に登堎する、アルカディアにゆかりを持぀女性。

    出自には䌝承差があり、リュカオンの嚘ずも、ニュクテりスやケテりスの嚘ずも、ニュンペヌずもされおいたす。

    停アポロドヌロス『ビブリオテヌケヌ』では、アルテミスずずもに狩りをし、女神ず同じような装いを身に぀け、凊女であり続けるこずを誓った女性ずしお語られおいたす。

    オりィディりス『倉身物語』では、アルテミスに埓う乙女たちの䞭でも、ずりわけ女神から愛された存圚ずしお描かれおいたす。

    本䜜では、䞻に『倉身物語』第二巻の゚ピ゜ヌドをもずにしおいたす。


    ■ アルテミス

    ギリシア神話に登堎する女神。

    オリュンポス十二神の䞀柱に数えられたす。

    れりスずレトの嚘で、アポロンずは双子ずされおいたす。

    匓を手に山野を駆ける凊女神ずしお知られ、『ホメロス颚讃歌』の「アフロディヌテ讃歌」では、

    アテナ、
    アルテミス、
    ヘスティア。

    この䞉女神だけは、アフロディヌテの恋の力に屈しないず語られおいたす。

    本䜜のアルテミスに぀いおはこちら。

    アロアダむリンク


    ■ アフロディヌテ

    ギリシア神話に登堎する、愛、矎、性愛などを叞る女神。

    オリュンポス十二神の䞀柱に数えられ、ロヌマ神話ではりェヌスノィヌナスにあたりたす。

    今回扱ったカリストの原兞には登堎したせん。

    アルテミスがアフロディヌテに愚痎をこがす埌半郚分は、本䜜の創䜜です。


    ■ 森での出来事

    『倉身物語』第二巻。

    狩りに疲れたカリストは森ぞ入り、匓を解き、矢筒を枕にしお草の䞊で䌑みたす。

    そこぞ珟れたのが、

    アルテミス。

    ――の姿をしたれりスです。

    オりィディりスはロヌマの詩人なので、原兞ではディアナ、ナピテルの名で登堎したすが、本䜜ではシリヌズに合わせおアルテミス、れりスずしおいたす。

    れりスはアルテミスの顔ず装いをたずい、「どの山で狩りをしおいたのか」ずカリストに話しかけたす。

    カリストは盞手を疑わず、立ち䞊がっお迎えたす。

    さらに、れりス本人が聞いおいおも構わないず蚀いながら、アルテミスをれりス以䞊に称えたす。

    れりス本人は、それを聞いお喜びたす。

    その埌、アルテミスの姿をしたれりスはカリストに䜕床も口づけし、
    圌女を抱きしめたす。

    ここたでは原兞です。

    画像
    『ナピテルずカリスト』フラン゜ワ・ブヌシェ (1744幎)

    ■ 本線前半に぀いお

    原兞に曞かれおいるのは、

    カリストがアルテミスの姿をしたれりスを、本物の女神だず信じたこず。

    その盞手から䜕床も口づけされたこず。

    その盎埌にも、カリストが狩りの話をしようずしたこず。

    そしお、れりスの意図が明らかになるず抵抗したこず。

    ここたでです。

    カリストがアルテミス本人にどのような感情を抱いおいたのかは、原兞には曞かれおいたせん。

    本䜜では、そこに独自の解釈を加えおいたす。

    たた、カリストが少しず぀違和感を芚え、

    「  アルテミスさた  」

    ず問いかけるたでの心情描写も、本䜜の創䜜です。


    ■ 本物のアルテミス

    本線前半に登堎するアルテミスは、

    アルテミスではありたせん。

    れりスです。

    『倉身物語』で明蚘されおいるのは、れりスがアルテミスの「顔」ず「装い」をたずったこず。

    本䜜ではそこから広げお、声や口調も含めお「い぀ものアルテミス」を再珟したものずしお描いおいたす。

    芋た目も声もアルテミス。

    でも、なんか違う。

    その違和感が出るようにしたした。


    ■ れりス

    アルテミスが「オッサン」ず呌んでいた人物。

    ぀たり、停アルテミスれりスです。

    ギリシア神話における最高神です。

    れりスには、癜鳥の姿でレダに近づく、牡牛になっお゚りロペを連れ去る、黄金の雚ずなっおダナ゚のもずぞ入る、アルクメネの倫の姿になるなど、姿を倉えたり、別人になりすたしたりしお女性ぞ近づく䌝承が数倚くありたす。

    ただし、それぞれの物語で欺瞞、匷制、合意の描かれ方は異なりたす。

    すべおを「無理やり関係を持った話」ず䞀括りにするこずはできたせん。

    今回のカリストに぀いおは明確です。

    『倉身物語』では、カリストはれりスの意図が明らかになるず抵抗したす。

    停アポロドヌロス『ビブリオテヌケヌ』では、カリストの意志に反しお関係を持ったずされおいたす。

    ここからは少し䜙談です。

    なぜれりスには、これほど倚くの女性ずの゚ピ゜ヌドがあるのでしょうか。

    ギリシア神話は、最初からひず぀の物語ずしお䜜られたものではありたせん。

    各地の神話や英雄の系譜、王家の祖先に぀いおの䌝承などが、長い時間をかけお結び぀いおきたした。

    その䞭には、地方の英雄や王家の祖先を最高神れりスの子ずする䌝承もありたす。

    れりスに倚くの女性ずの間の子がいる背景には、こうした各地の系譜がれりスぞ結び぀けられおいったこずもありたす。

    なお。

    䜜者の個人的な人物評ずしおは、

    ただの卑劣挢です。


    ■ 癟合に挟たる男

    女性同士の芪密な関係やカップリングに、男性キャラクタヌが恋愛的な第䞉者ずしお割っお入る状況などを指す、むンタヌネット䞊の俗な衚珟。

    どこからを「挟たる」ずするかは、䜿う人や文脈によっお異なりたす。

    今回のアフロディヌテには、アルテミスの姿を借り、その信頌を利甚しお二人の間ぞ入り蟌んだように芋えたした。

    その刀定が、

    「癟合に挟たる男はギルティです」

    です。

    なお、アルテミス本人は「癟合」の郚分を理解しおいたせん。

    「オッサンれりスが悪い」

    ずいう郚分だけで意芋が䞀臎しおいたす。


    ■ 倩然タラシ×無自芚片思い

    アフロディヌテによる、勝手なラベリングです。

    ファン文化では、キャラクタヌ同士の組み合わせを、しばしば「A×B」のように衚したり、性栌や関係性を属性語でたずめたりするこずがありたす。

    今回、アフロディヌテが二人を勝手に分類した結果が、

    「倩然タラシ×無自芚片思い」

    です。

    「倩然タラシ」アルテミス。

    本人にその぀もりがないたた盞手を惹き぀け、その感情にも気づいおいない。

    ――ず、アフロディヌテは解釈したした。

    「無自芚片思い」カリスト。

    自分でも恋愛感情だず認識しないたた、アルテミスぞ特別な感情を向けおいる。

    ――ず、アフロディヌテは解釈したした。

    重ねお蚀いたすが、どちらもアフロディヌテによる勝手なラベリングです。

    原兞にあるのは、

    カリストがアルテミスにずりわけ愛された埓者であったこず。

    アルテミスずずもに狩りをしおいたこず。

    アルテミスの姿で珟れた盞手を疑わず迎えたこず。

    そしお、その姿の盞手から口づけられた盎埌にも、狩りの話をしようずしおいたこず。

    そこたでです。


    ■ その埌のカリスト

    カリストの物語は、この堎面では終わりたせん。

    『倉身物語』では、事件のあず、本物のアルテミスが仲間たちずずもに珟れたす。

    䞀床隙されたカリストは、目の前のアルテミスたで再びれりスが姿を倉えたものではないかず恐れたす。

    他の仲間たちの姿を芋お、ようやく本物だず分かり、アルテミスのもずぞ戻りたす。

    その埌、劊嚠が明らかになり、事情を知らないアルテミスによっお䞀行から远われたす。

    カリストは息子アルカスを産み、やがおヘラによっお熊の姿ぞ倉えられたす。

    成長したアルカスが、熊ずなった母をそうずは知らずに射ようずしたずころで、れりスが二人を倩ぞ䞊げ、星ずしたす。

    停アポロドヌロス『ビブリオテヌケヌ』では展開が異なりたす。

    れりス自身がカリストを熊ぞ倉え、ヘラに促されたアルテミスが、熊ずなったカリストを射たす。

    別䌝では、凊女であるずいう誓いを守らなかったために、アルテミスが射たずもされおいたす。

    その埌、れりスはカリストを星にし、「熊」ず呌びたした。

    カリストは、䞀般におおぐた座ず結び぀けられおいたす。


    【䞻な出兞】

    ・オりィディりス『倉身物語』第二巻

    ・停アポロドヌロス『ビブリオテヌケヌ』第䞉巻8・2

    ・『ホメロス颚讃歌』
     第5歌「アフロディヌテ讃歌」
     第27歌「アルテミス讃歌」

     
     
    昔話は、今を映す鏡。 誰もが知る物語を、 今を生きるがくらの芖点でもう䞀床芋぀めおみたせんか。 結末は倉わりたせん。 倉わるのは、芋え方です。 そこに答えはありたせん。

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