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🫠👉手の時間👨‍🦳🧓🏻🤝👦👧🏻

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    いらっしゃいやで٩(ˊᗜˋ*)و読んでってや♡


         『手を伸ばす』



    👉尊敬


    人に手を伸ばす仕事って、
    似とるようで、

    全然ちがう。


    介護はな、

    その人が今まで生きてきたもんに、

    そっと触らせてもらう仕事やと思う。


    若い頃の意地とか、

    言えんかった後悔とか、

    守ってきた家族とか、

    ようわからん癖とか、


    その人しか知らん時間が、


    身体じゅうに染みとる。


    それを、
    こっちの都合で雑に触ったらいかん。


    早くしてほしいとか、

    ちゃんとしてほしいとか、

    そんなもんの前に、

    まずあるのは

    「この人、ちゃんと生きてきた人や」


    っていう感覚やと思う。


    だから介護は、

    敬意を持って、

    手を伸ばす。


    助けるというより、

    頭を下げながら触る。


    みたいな感じやねん。



    👉未来の芽

    保育は、
    逆やねん。

    まだ何者でもない、

    でも、何にでもなれる。


    さっきまで泣きよったのに笑って、

    笑いよったと思ったら転んで、

    昨日できんかったことを

    今日しれっとやってのける。

    あのちっちゃい身体の中に、

    まだ見えてない未来が、


    ぎゅうぎゅうに詰まっとる。


    子どもって、

    ただ手がかかる存在やない。


    あれはもう、

    未来そのものやねん。


    保育は、
    今を回すだけの仕事やない。


    まだ見えん明日を、

    先に信じて、

    先に迎えにいく仕事なんよ。


    だから保育は

    希望を乗せて、

    手を伸ばす。


    うまくいく日ばっかじゃなくても、

    この子は大丈夫かもしれんって、

    今日じゃなくても咲くかもしれんって、

    そう思いながら、

    毎日を渡していく。


    ⸻


    同じように、

    人に手を伸ばしているのに、

    触れてる時間がちがう。


    介護は、

    その人が生きてきた時間に触れる。


    保育は、

    その子がこれから生きていく時間に触れる。


    片方は、
    「ありがとう」が似合う手で、

    片方は、
    「楽しみやね」が似合う手や。


    ⸻


    どっちも、

    世話をする仕事やないと思う。


    人を、

    人として扱う仕事やと思う。


    その人の時間を、


    雑にせん仕事やと思う。


    ⸻


    だから今日も、

    誰かに手を伸ばすなら、

    せめて忘れんでいたい。


    この手は、

    ただ触れよるんやなくて、

    誰かの人生に触れよる。

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    介護は敬意を持って。

    保育は希望を乗せて。

    どちらも、人の時間に手を伸ばす仕事。


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