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違います。拾いました。|落とし物の持ち主|拝啓文芸部

    夕方の駅のホーム。ベンチに座って、自分のスマホを見ていた。

    「母 不在着信 3件」

    折り返す気にはなれなかった。声を聞けば、何か言われる。何か答えなければならなくなる。

    画面を消して、ポケットに戻した。

    そのとき、ベンチの端に、別のスマホが落ちているのに気づいた。

    黒いケース。画面は暗いまま。

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    拾うつもりはなかった。けれど、そのまま帰るのも落ち着かない。

    昔なら、拾った物は交番へ持っていけば終わりだった。
    今は、拾った瞬間から、誰かの生活につながってしまう。

    交番はホームを降りてすぐだ。渡して、帰ろう。

    そう思ったとき、手の中で画面が震えた。

    「母」

    ロックがかかっていて、見えるのはその一文字と、受話器のマークだけだった。

    出なければいい。けれど、鳴り止まない。ホームの人が、こちらを見始めた。

    三回目で、押してしまった。

    「もしもし、拓真?」

    「違います。拾いました。」

    「え? ……じゃあ、なんで出たの」

    感謝よりも先に、警戒の声だった。

    持ち主は、拓真という名前らしい。

    駅で拾ったこと、これから交番へ届けることを説明する。母は「どこの駅?」「本当に拾ったの?」と続けた。

    通話を切ると、画面はすぐに光った。

    「鬼塚部長」

    職場の人らしい。

    「おい、落合。会議はどうした」

    「拾った人です。」

    「……拾った? 新しい言い訳か」

    訂正は、聞こえなかったことになった。

    持ち主の名字は、落合というらしい。

    また切ると、次は「ミナ」だった。

    友人らしい。

    「拓真、昨日の約束、忘れた?」

    「拾った人です。」

    「え、うそ。じゃあ拓真、今どこ?」

    こちらが聞きたい。

    三件とも、拓真には届いていなかった。

    交番に着いて、スマホを渡した。

    用紙の「拾得者」の欄に、名前を書く。

    広瀬拾志。

    「持ち主、見つかるといいですね」

    「そうですね」

    交番を出ると、ポケットの中が震えた。

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    自分のスマホだ。

    「母」

    少し迷って、画面に指を置いた。

    「もしもし、拾志?」

    一瞬、「違います」と言いそうになった。

    「……はいはい。ごめん、気づかなかった」


    Mr.Qさんの拝啓文芸部、お題「落とし物の持ち主」に参加させていただきました。

    #落とし物の持ち主
    #拝啓文芸部


     
     
    思考の整理と、学び直しのためのnote。 読書、音楽、映画、言葉、感情。 気づいたことを一度分解し、 できるだけ噛み砕いて書き残しています。 誰かに教えるためというより、 自分がちゃんと理解するためのアウトプット。 正解よりも、 「なぜそう感じたのか」を大切にしています。

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