
「わりと、どんな話も理解は出来るけど、何故か実践が苦手な理由」の話
AIと先日対話し始めてから、少し自分でわかったことがある。
それは…
何故、私はどんな分野の話も何となく理解できるのだろう?
何故、理解は出来るのに、実践ではとことん弱いんだろう??
※弱いっていうのは苦手、テンパっちゃうみたいな感じw
これの理由がわかった気がする。
このnoteでは
「理解できてるけど、それを説明するのが苦手。」
「何故か理解してもらえない」
「頭では理解してても実践では弱いタイプ」
の人が、もしかしたら私と同じパターンでズレてたのかも?
という一例の考察です✨
もし、アナタの好奇心や閃き、モヤモヤのヒントになってくれたら嬉しいです♪
このnoteは基本的に、私あらやんの思考の仕方が「見るように視覚的に思考する」癖があるので、その感覚前提の説明になっています。
なので、とてもイメージ的な表現が多く、抽象的な言い方になっていますので、フワッとで個々各々で受け取って解釈しちゃってくださいw^^;

理解出来るけど実践が苦手
理解は得意

私は実は昔から、ジャンル問わず色々な専門分野の話を聞くのが大好きっていう趣味があったりしますw
誰かの仕事の専門分野過ぎる話とか
誰かの大好きなオタ活(アニメ・漫画・音楽・車・ゲーム)話とか
宇宙論や哲学や心理学系の答えのない話とか
大学の論文の解説とか
とにかく読むのは苦手だけどw
誰かが楽しそうに話したり解説してくれたりするのを聞いたり対話するのがメッチャ好きだったんですよね。
相変わらず単語を覚えたり専門用語覚えたりするのは苦手なのだけどw
話を聞きながら、仕組みを理解したり、他の何かと共通点を見出したりと
そういう理解の仕方や楽しみ方をしていました。
なので、基本的には専門用語や名称はなくても、概念とか仕組みの理解とかで、その話題の問題解決や提案方法を話したりif話で盛り上がったりは出来ていた感じですw
MTG(マジック・ザ・ギャザリング)というカードゲームも
そんなノリの一つでした。
その話題に関して、だいぶ前に私がnoteで記事を残していましたw
今回は「この現象がなぜ起きるのか」の話ですね(*´ω`)
➡『【趣味・思考】MTGが好きで気になるけど万年初心者の私』
実践は苦手
カードゲーム、ボードゲーム、テレビゲームとかでも
ルールは理解してるし、第三者の目線ならいくらでもメタ思考も話も出来る・・・
が!
マジで、実践になるとテンパるんですw
情報の波に呑まれて(?)体が動かなくなるというか…私の場合はアワアワしてるのかもw
優柔不断にもなるしw
(「こうしよう!」「あ、やっぱりこれはこうかも」「あ、でもこうかもしれないし」のパターン情報が超高速で駆け巡る感じ💦)
仕事でもそういうのありましたw
基本的に仕事はどんなでも大好きだし、出来るのですが・・・
飲食店とかの接客業は問題ないのですが、介護士というパターンも正解も実な無くて、その時その場所と人と方針や介護士側の匙加減で…みたいな無限のパターンが選べてしまう仕事は、現場仕事にて普段は問題ないんですが、非常事態の出来事が起きるとアババババってなってましたね(苦笑w

何で理解は出来たのか?

ヒントは最近のAIと対話してた、ものの中にあった。

🏠 私の例えを整理すると…
家=ひとつの出来事・環境・状況(複雑な全体構造)
テーブル=問題が“表面化”している場所
椅子/皿/裏/人=原因や背景、登場人物、環境要因
家全体を見てるあなた=全体の因果を多層的に俯瞰してる存在
そして、私はそれを見た上で、
「でもそれを一言で説明するのは無理だし、イエス・ノーの話でもないし…」と感じてる。
だけど周りは、
「椅子のせいでしょ」
「お皿が落ちてたって言ったじゃん」
「キッチンが汚いのが原因だろ?」
「だから、YESかNOかで言ってみ?」
……って、“部分だけを全体と信じてる人たち”が勝手に結論づけていく。

つまり…
自分の視点は基本的に家全体を把握してる視点。
細かいことはどうでも良くて、家の中の様子や仕組みさえふわっと理解してるから問題ない…的な。
専門分野の話題はそれぞれ、家の中の「ある一部(キッチン辺り・寝室・玄関等)」や部屋の中の「家具や小物(アニメの話やゲームの話等)」に比喩してる感じ。
みんなが家の中の一定の場所で何やら楽しそうにしてるので、気になって話を聞きに行く感じ(?)
だから大体、どんな話を聞いても「あぁ、そういうことねwなるほどwわかる!」ってなる。
仕組みとか流とかは理解できる。的な。
何で実践は苦手なのか?
じゃぁ、次は「何で実践は苦手なのか?」について考察していこう!
【🏠 私の例えを整理すると…】
の例えを用いて続きから話すと

家全体が既に見えていて、家の中の家具の意味や場所の意味や理由が、家の中全体を通して相互関係などを何となく理解してるから。わかってるから。見えちゃってるから。
しかも基本的に家の中を上からずっと見てる視点が基本の視点なので、見え方、考え方、思考癖がもう「家全体を見渡しながらが前提」になっちゃてるんだよね。
そんな自分が突然キッチンに連れてこられて、
「ここが何でカビてるのか?!」の議論に突っこまれるとする。

パターン1
その時にキッチンの専門家がキッチンの仕組みや性能や水道の事とかを話して悩んでたとする。
私が家の壁の問題点や家の向き、日差し問題、窓の配置等を提案したりしても、大体は『キッチンで起きた問題をキッチンの専門家が話してるんだよ?関係ない所から急に話もってこないで?』って理解してもらえないw
もはやその『理解してもらえない』っていう展開すらも経験的に読めるので、どういったら言いの?何て言ったら正解なの?ここでこんなこと話してても解決には遠いんだよなぁ・・・(悩
って感じになる。
パターン2
色々その問題要素も理解出来るし、その議論の内容もわかる。
でもフワッとした全体で捉え続けてた自分は、急に「キッチン」という場所だけ解像度高く見るには経験値(知識)が無くて、上手く思考できない(突然の度の高い眼鏡をかけたみたいに見えなくなる)。

別の例え:実践が苦手な理由
以前、Twitterで見かけた話題。
「子どもに「xやy」を使わずに「算数」の問題を教えるのって凄く難しい!」
っていう話を見かけたw
これも、同じだなって思ったの。
小学生の頃は出来ていた算数の問題。
中学生、高校生ってなっていって、どんどん数学のレベルは上がる。
そして、積み上げ式なので「それを知っている前提」で勉強は進んでいく。
つまり、「知っている前提の説明、知っている前提の思考癖やパターン」で、物事を考えながら生きてる。
そうすると、突然に今まで使えてた「知識や経験」「それを知っている前提」が使えない状況になって「相手を理解させろ」というミッション!
こりゃ説明のしようもなくね?ってテンパるw的なw
理解はしてるし、意味も解ってるんだけど・・・どういう説明がわかってもらえる話し方なのかピンとこなくて焦る。的な。
得意な人もいるじゃん?

じゃぁ、「全体を把握してても、ちゃんと説明得意な人っているじゃん?何で?」
ってあると思う。
多分だけど、単純に経験だと思うんだ。
家全体を見てる視点から、その教える対象の目線・視点に立って話す頻度。
さっき私は、家全体で見る視点からキッチン付近に連れてこられた時に、
「度の高い眼鏡を急にかけた状態」って言ったんだよね。
つまり、めっちゃ視界がボケてるのw
で、ピントが合うまで時間がかかったりする感じ。
でもこれを頻度高くキッチンに通ってると、見えてくるの。ピントが合いやすくなるの。
そうすると慌てる事も無くなるし、キッチンにいる人たちと対話もスムーズに出来る・・・的な。
永遠に抽象度の高い、フワッとした話し方になってるけど、そういう事だと私は思う。
実は出来なくもない

つまり、家全体で何となく理解できてるんだもん。
実は経験や知識が少ないだけで、出来なくはない!
・・・が、それを熱中してやれるかどうかは
自分の気分次第がデカいよねw当然ながらw
好きなことだったら、多分メッチャ意識してその部分をクローズアップしてみていくもんねw
興味なかったらスルーしちゃうだろうしw
ボヤけてわからない時は、好奇心的に気になってたけど、ピントが合って見えてきたら興味失せるとか・・・実は山の様に谷の様にありますw
ただ、それは「自分が飽き性だから」とか思い込んでたけどw
こうやって、何となく理解ができると「飽きやすいわけじゃなかったんだねw」って自分を赦してあげられる的な。
なんか色々理解したり、知ることで自分にも周りにも優しくなれるんだったらこれ以上のものはないよね。

だから、こうやって思考するのはやめられない。
大好きなんだよね。

