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秋夢

    この物語フィクションです。

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     ボクらが一緒に暮らすようになって3ヶ月。

     ボクは朝の散歩を終えてぼんやり外を眺めている。
     すでに夜は明け、せわしく飛び交う高原の鳥の声が響き渡っている。雲を切り裂いた陽射しが降り注ぎ、霧のかかった山々は立体感を見せ始めていた。

     彼女は朝食の準備に余念がない。

     いつもの朝。
     いつもの食卓。

     キッチンの彼女が言う。
    「ねぇ、私たちがもう少し早く出会っていたらどうなっていたのかしら。」

     ボクもそんなことを思うことがある。
     もっと早く…もう少し早く出会っていたらどんな人生だったのだろうと。
     けれど、そんな贅沢なことは言うまい。
     出会えたこと…それだけでいいじゃないか。

    「昔、山登りした時のことを思い出したよ。」

     的外れな応えにも彼女はにっこり笑う。
     そう、いつものことなのだ。

    「山登り?楽しい思い出?」

     彼女はサラダを盛りつけ食卓に持って来た。
     ドレッシングは彼女のオリジナルブレンド。ボクはよく知らないが、良い香りのハーブを使っている。

    「あぁ。故郷の山にひとりで登ったんだ。小学生が遠足で登ってたよ。」

     あの山には何度か登った。
     大して高くない山だけれど、体力がない上に運動不足だったから、頂上まで駆け上がってお弁当を済ませたらまた駆け下りて来る小学生には敵いっこなかった。

     彼女は、野菜炒めと熱々のソーセージ、そして目玉焼きを皿に盛りつけて食卓に並べた。そして瞳にいたずらっぽい輝きを覗かせながらその先を促す。

    「あなたの故郷は東北だったわね。」

     そう、標高は1,000m程度だったが、高低差が大きく登山道の整備も行き届いているとは言えない。それでも故郷の山と言う愛着があった。

    「うん。その時に他の登山者と一緒になったんだ。少し話したら同業の人でさ…急に親近感が湧いたんだよ。」

     彼女は食卓にご飯とみそ汁を並べ、いつもの席についた。

    「さぁ、食べましょうか。」

     ボクはにっこり笑って言う。

    「うん。いつもありがとう。いただきます。」

     彼女の手料理をずっと昔から知っているような気がする。美味しいだけではない。特別なメニューではないかもしれないが、自然に身体の隅々まで行き渡って行く感じがする。

    「それで?その人とは?」

     彼女も食事をしつつ楽しそうに話の先を促す。

    「ん?あぁ。その時にね、缶ビールをもらったんだ。彼は缶ビールを2本持って登山してたんだね。」

     彼女は少し驚いた表情をしてボクの目を見た。

    「山登りってビール持ってするものなの?」

     少なくてもボクはビールを持って登ったことはなかった。荷物が増えるし、酔っぱらってトラブルになったら大変だ。

    「どうなのかなぁ。でも、そのビールが言葉にできない美味しさでね。」

     突き抜ける爽快感…身体を使って汗を流したからか、それとも山の空気が美味いからなのか、思い掛けず仲間を得たからなのか…その味は格別なものに感じたのだった。

    「へぇ…。」

     そう言って彼女は少し考え込む。そして瞳を輝かせて言った。

    「それって私たちに似てるわね。人生って言う山を登って、ふたりで美味しい食卓を囲んでる。」

     たぶん、彼女と暮らすようになったのは、こんな風に考えられる人だからだと思う。それはボクがこの話を始めた意図を見事に射抜いていた。

    「そうでしょ。だからね、ボクらは今出会って良かったんだと思うんだよ。登って来た人生という山道の苦しかったことや楽しかったことを話せるじゃない。」

     一緒に登り始められたら、それも楽しかったかもしれない。苦しい時は助け合い、楽しい時はふたりで楽しむことが出来ただろう。でも、ボクらはそれぞれの歩き方でそれぞれの人生と言う山を登った。約束も申し合わせもしていないのに出会い、一緒にいられる。それは奇跡的な偶然であり感謝すべきことなんだと思う。

    「そうね…。私たちの人生の話をたくさんしましょうね。」

     彼女は嬉しそうに笑った。


     ボクらはお互いに70歳を超えている。
     あの山頂のビールの味を思い出していた。

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    もくじ

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    … ART 頼風 …


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