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特性のいいとこ取りはできない 〜衝動性が落ち着いたとき、処理速度は下がるのだろうか?〜

    娘は、好奇心が強い。

    気になったら、見て終わりにはできない。

    触ってみる。動かしてみる。分解してみる。

    娘にとって、日常は実験室だった。

    「これをやったら、どうなるんだろう?」

    そんなことを、いつも繰り返していた。

    私はそれを、娘の好奇心の強さだと思っていた。

    もちろん、それは間違ってはいない。

    けれど、娘は予測が苦手だと知って、私は一つの仮説を思いついた。

    娘は、予測できないから、実験していたのではないか。

    わかっていることを、何度も確かめる必要はない。

    娘がやっていたのは、不安な未知を、安心できる既知に変えることだったのではないか。

    日常的に実験を続けてきたことで、最近、娘の予測できる範囲が広がってきたのだと思う。

    娘の落ち着けない場所が、減ってきたのを感じる。

    衝動的になることも減ってきた。

    シルバーウィークの旅行では、とんでもない人混みでも大きく荒れなかった。

    最近、note記事に娘の自制力が伸びてきたと書くことが増えた。

    それはもしかすると、予測できる範囲が広がったからなのではないだろうか。

    学校や放デイでは、娘一人に合わせて世界が動いてくれるわけではない。

    子どもは毎回違うことをする。

    そんな「予測できないもの」がたくさんある環境で、娘は予測の経験を積んできた。

    そう考えると、小学生になってから娘の困りごとが少なくなってきた理由を説明できる気がする。

    幼稚園や家で過ごすとき、娘はあまり予測する必要がなかったのだと思う。

    そこには、娘が好き勝手できる環境が整っていた。


    夏休み前、娘は音楽会の楽器決めでピアノに立候補した。

    先生から「休み時間に練習があるよ」と伝えられていても、「ピアノがいい」と言った。

    ところが夏休みが明けると、「やっぱりピアノは嫌」と言い出した。

    理由は「休み時間に練習したくない」だった。

    夏休み、あんなに練習したのに…

    私は少し落胆した。けれど、成長も感じた。

    娘はピアノがやりたいと思い、その先に、「休み時間に練習する」という未来を予測できた。

    そこで、「それは嫌だ」と、選択を変えた。

    目の前の「やりたい」だけではなく、その先に起こることまで考えて選ぶようになった。

    衝動性が落ち着いてきた。

    先のことを考えられるようになった。

    そう思った。

    けれど、それは同時に、娘の好奇心にブレーキがかかり出したことだとも気づいた。

    娘は、「やりたい!」と思えば、何でもやってみる子だった。

    その勢いで失敗することもあったけれど、その勢いがあったからこそ、娘は多くのことを学べたのではないか。

    私はずっと、娘がいつか好奇心で身を滅ぼす日が来るのではないか、と心配していた。

    衝動性が落ち着いてきたということは、好奇心も、一緒に落ち着いてしまうのではないか。

    特性のいいとこ取りはできない。

    私はずっと、娘が困らなくなってほしいと願ってきた。

    けれど、娘らしいところはずっと残ってほしいとも祈っていた。

    衝動性は減ってほしい。でも好奇心は残ってほしい。

    失敗は減ってほしい。でも、失敗を恐れず試すところは残ってほしい。

    衝動性があるから、飛び込める。飛び込めるから、たくさん経験できる。

    たくさん経験するから、予測できることが増える。

    予測できるようになると、飛び込む前に考えられる。

    考えられるようになると、無謀な飛び込みは減る。

    でもそのとき、「やりたい!」という勢いまで、減ってしまう。

    特性のいいところだけ残して、困るところだけ消す。

    そんなに、都合よくはいかない。

    ふと、昔からある言葉を思い出した。

    十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人…

    けれど、娘の好奇心は消えたわけではない。

    古生代、宇宙、ブラックホール。

    娘はずっと、自分では確かめられないものにも惹かれていた。

    わからないものがあれば、考える。

    実際に確かめられるものなら、やってみる。

    「ブラックホールの中はどうなっているの?」

    「なんで死ぬって怖いんだろう?」

    そんな、実験では答えが出ない問いは、残っていく。

    以前娘は、好奇心に引っ張られていた。

    WISCの結果にも、「気になったことに引っ張られやすく、安定して物事に取り組むことが課題である」と書いてあった。

    今は、飛び込めることも、飛び込まないことも選べる。

    娘の好奇心が小さくなったのではない。

    その好奇心を、娘自身が少しずつ扱えるようになってきたのだと思う。

    ここで、ふと思った。

    WISCの解説文と、成長した娘が乖離してきたということは、数字も変わっているのではないか。

    今WISCをしたら、前回と同じような結果にはならないのかもしれない。

    処理速度凸、処理凸。

    娘の処理速度は、ずっと速いままなのだろうか?

    処理と処理の間に、選択のタスクが増えていく。

    もしかしたら、あの頃と同じ速さのままではないのかもしれない。