
文藝フリマ八十瓦礫
待つ時間、は楽しい♪
この先、何が起こるか分からないからワクワクする♫
文藝フリマ八十瓦礫が、八十瓦礫市役所地下一階小会議室で開催された。
文雅歩夢は自著『八十瓦礫市役所連続殺人事件』をテーブルに並べ、折りたたみ椅子に座って部屋を見回した。
出展者はアトムを含めて八人。
ひたすら待った。
オープンして二時間経つが、部屋の人口密度は全く変わらない。
アトムのテーブルに来るのも他の出展者ばかりだ。
暇に任せてお互いの本を買い合った結果、全員が七冊ずつ売り上げてイベントは終了した。
皆が片づけをしていたら、アトムの隣で出展していた山囃子さんが「打ち上げをやろう」と言い出した。彼がこの文藝フリマの主催者だ。
不完全燃焼のイベントだったため、全員がうっぷんばらしで賛成した。
「じゃあ、食堂でやりましょう」
山囃子さんは満面の笑みで細い目をさらに細くして皆を見回した。
彼はこの市役所の総務部長で、役所を自分の所有物と勘違いしているきらいがある。
この会議室の使用も届けを出していなければ、この催しの案内すら出していないことが判明した。
開催中、我々出展者以外にこの薄暗く陰気な部屋を訪れる者がいなかったわけだ。
山囃子さんについて廊下を進んだ先は、地下迷宮の外れにある小さな食堂だった。
そこは小さな定食屋ほどで、八人がテーブルを囲むと身動きがとれなくなった。
山囃子さんの発案で売れ残りの本を高く積み上げ、本崩しのジェンガ風ゲームが始まった。
本はすでに天井近くまで達している。
簡単なルール説明の後、
「それでは、先ず私から」
山囃子さんはそう言うと、本の山から一冊をしれっと抜き取った。
「お、おー」
歓声が沸き上がった。
何に対する歓声かよく分からない。
だけど、誰も疑問を抱く気力を失っていた。
たんたんと、事前にクジで決めた順番で山崩しは続けられた。
そして最後にアトムの順番が回ってきた。
皆が思い思いにうっぷん晴らしで適当な場所から本を抜き取ったので、山が大きく傾いている。
本に触るだけで崩れ落ちそうな危うげな情景が目の前にあった。
山囃子さん発案のこのゲームは、山を崩した人が在庫本を買い取るルールが制定されていた。
アトムが貧乏くじを引き当てようとしたそのとき、食堂の扉が開き、一人の女性が顔をのぞかせた。
二十代半ば、大きな黒縁メガネの奥で黒目がパチクリしている。
「あのー、ここ、文学フリマですか?」
「いえ、ここは文藝フリマです」すかさず山囃子さんが答えた。
「違うんですか。でも、面白そう」
パチクリさんはずかずかと歩み寄り、山の一番下の本を無造作に抜き取った。
本の山はあっけなく崩れ、半分の本はテーブルの下まで滑り落ち、在庫本を買い取ると言うルールもろとも崩れ去った。
彼女は運命の女神だったのだ。

「あのー、この本を探していたんです」
女神が手にしていたのは、アトム著の『八十瓦礫市役所連続殺人事件』だった。
「どうぞ、差し上げます」
アトムが女神に全力の笑顔を捧げると、すかさず山囃子さんが崩れた山の中から自分の本を見つけて差し出した。
これを見た他のメンバーも自著を探し出して我先にと差し出した。
お姫様にかしずく庶民の群れである。
しかし姫は一言、
「こんなにたくさん重くて持てないから、遠慮します」
と言って、アトムの本までテーブルに戻してしまった。
「だけどみなさん、よくこんな場所でフリマごっこなんてしてますね」
「山囃子さんがこの市役所の総務部長なんですよ」
誰かが言い訳するように言って、山囃子さんが少し胸をはった。
「市役所ですって。まさか」
まさか、とあたりを見回してアトムは息を呑んだ。
テーブルだと思っていたのは積まれたベニヤ板で、椅子は石油缶だった。
周囲を囲むコンクリートの壁には、まだ鉄骨が剥き出しになっている。
「皆さん、いい年をして何やってんですか? 工事現場で秘密基地ごっこですか?」
パチクリ先生に叱られ、アトムたちは爪先で砂利を掘る小僧のように縮こまった。
「さっ、おうちへ帰りましょ」
アトムたちは、パチクリ先生兼お姫様兼運命の女神を先頭に歩き出した。
その先に何があるのかは分からない。
けれど胸の中には、小さな決意が芽生えていた。
次回はちゃんと、文学フリマで本を売ろう、と。

待つ時間は、たとえその先に悲劇が待ちぶせしていたとしても、次は何が起こるのかと、ワクワクしてしまう。
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