
【声劇台本】うつりにけりな(女2)【シロクマ文芸部】
作品概要
老婦人の寝室でおこなわれる主人と使用人の会話。落ち着いた雰囲気で、ややノスタルジック。百合要素あり。
本文:2565文字、想定時間10分
男女比率:女2
※当作品は、#シロクマ文芸部 様のお題「葉の色が」に参加させていただいております。
また、当作品はnoteのほか、声劇台本置き場にも投稿しております。
登場人物
リッカ 70代くらいの老婦人。イチカの主人。温和で落ち着いた雰囲気。
イチカ リッカに使える使用人。20-30代。やや無機質で冷淡な印象を抱くが、その中にもリッカへの敬慕の念がうかがえる。
うつりにけりな
老婦人、リッカの邸宅(あるいは別邸)の寝室。外には紅葉となった木々が見える。リッカはベッドで上体だけを起こしており、その傍らにイチカが控えている。リッカは外の紅葉を眺めながら、何となしに、というような口調で初めの台詞を口にする。
リッカ:葉の色は 移りにけりな いたづらに……
イチカ:わが身世にふる ながめせしまに。小野小町の歌ですね。でも、葉の色じゃなくて花の色、ですよ。
リッカ:あら、そうだったかしら。
イチカ:そうです。葉の色では、春の歌ではなく秋の歌になってしまいます。
リッカ:ちょうど今、紅葉がきれいだからかしらね。見ているうちについ思い浮かんだの。葉の色は、って。
イチカ:最近は木の葉がすっかり色づきましたからね。
リッカ:どういう意味なのかしら。
イチカ:? 何がです。
リッカ:歌の意味。
イチカ:花の色は、ですか?
リッカ:そう。その歌よ。
イチカ:……花の色は、長雨の間にむなしく色褪せ衰えてしまった。私が恋などについて思い悩んでいる間に。ここでいう花は、春の花、桜を指すとされています。「ながめせしまに」は「物思いにふけっている間に」という意味ですが、「長雨」とも掛けられているとされており……
リッカ:ねえ見て。鳥だわ。綺麗な黄緑色。
イチカ:メジロ、ですね。きっと、木の実を探しにきたのでしょう。
リッカ:メジロ。前にも見たことがあった気がするわ。あれは、いつだったか……
イチカ:那須の別荘かと思います。
リッカ:那須ね。懐かしいわ。もう随分前に売り払ってしまったものね。もう、あそこへ行くことはできないのね。
イチカ:あのあたりも、モミジが綺麗でしたね。
リッカ:そうなの。ちょうど最後にあそこへ泊まりに行く少し前に、あなたが来てくれたのよね。
イチカ:……ええ。そうでしたね。
リッカ:最初あなたはミスが多くて、流石の私も声を荒げてしまったことがあったわね。
イチカ:その節は、大変失礼いたしました。
リッカ:いいのよ。今はもういい思い出だもの。それに、あの頃のあなたは、何に対しても一生懸命だった。失敗はしたけれど、いくら怒られてもめげずに頑張っていたわね。
イチカ:……あの、そろそろその話は。
リッカ:あら、どうして?
イチカ:いえ、その。過去の話は恥ずかしくて……
リッカ:恥ずかしがることなんてないわ。あなたの努力の話だもの。
イチカ:リッカ様にそう言っていただけるのはありがたいですが……
リッカ:まあいいわ。……でも、あの別荘を知っている人も、もうずいぶん少なくなってしまったわね。
イチカ:時の流れ、ですね。
リッカ:本当に。長い間、あなたは私に仕えてくれた。
イチカ:それが、私が生まれた意味、ですから。
リッカ:そう言ってもらえるのはとても嬉しいわ。……少し寒くなってきたわね。
イチカ:お休みになられますか?
リッカ:ありがとう。でも、もう少しだけ、起きていたいわ。今日は調子がいいの。
イチカ:わかりました。でも、あまりご無理はなさらないでください。ついこの間まで、寝込んでいらしたのですから。
リッカ:そうね。……嫌だわ、年というものは。気持ちではまだまだやれるつもりでも、体がついていけなくなるもの。
イチカ:仕方のないことです。誰しも老いていくものですから。
リッカ:そうね。……いや、そうかしら。
イチカ:リッカ様?
リッカ:何でもないわ。……花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに。本当にいい歌ね。
イチカ:葉の色、でも、なかなか味があって悪くないと思います。
リッカ:そうね。……でも、きっとこの歌に一番しっくりくるのは、花の色に間違いないわ。
イチカ:……
リッカ:ねえ、イチカ。
イチカ:はい。
リッカ:私も、随分老いてしまったわ。あなたと違って、ね。
イチカ:リッカ様……。
リッカ:言いたいことはわかるわ。言ったでしょう。今日はね、調子がいいの。
イチカ:そう、なんですね。
リッカ:イチカがあなたに替わったのは、いつからだったかしら。
イチカ:三十五年、前です。
リッカ:そう。……もう、それだけ経つのね。あの子が死んでから。
イチカ:三十五年前の十一月三日ですから。
リッカ:そうだったわね。……あなたは、それだけの間、私のエゴにつきあってくれた。私の記憶の中のあの子と同じ姿をして。
イチカ:それが、私が生まれた意味、ですから。
リッカ:あの歌と一緒だわ。いつの間にか時は流れてしまった。私の手から若さは砂のように零れ落ちてしまって。それとは逆に、あなたはずっとあの日のあの子の姿をしている。
イチカ:ご不満ですか。
リッカ:そういうのじゃないの。ただ、ごめんなさいと。謝っても何の意味がなくても、たとえ私の自己満足にしかならなくても、そう言いたかったの。ずっと。
イチカ:リッカ様が謝る必要はありません。あの方も、それを望んでいたのですから。
リッカ:あの方……?
イチカ:オリジナルのイチカ様です。
リッカ:あの子が?
イチカ:そうです。私はあの方の人格を受け継ぎました。あの方はずっと、最後まであなたと一緒にい続けることを望んでおりました。……私は、あの方の希望を、あの方の代わりにはたしているにすぎません。
リッカ:……それは、本当なの。
イチカ:本当です。アンドロイドは、主人に嘘をつけませんから。
リッカ:そう、なのね。……あの子が、そんなことを。
イチカ:あの方はそれをあなたに伝えることをためらわれておりました。ですから、今お聞きになったことは。
リッカ:ええ、わかっているわ。あの子は、そういう子だったもの。だから私は、あの子を愛したの。
イチカ:存じ上げております。
リッカ:不思議ね。ずっと秘めていたあの子への気持ちを、あの子と瓜二つのあなたに話すなんて。……これも時の流れの力なのかもしれないわね。
イチカ:リッカ様。お疲れでしょう。そろそろ、お休みください。
リッカ:そうね。そろそろ休ませてもらうわ。お休みなさい。
イチカ:はい、おやすみなさいませ。
しばらく、沈黙。リッカが眠りについたことを確認すると、イチカは静かに窓とカーテンを閉める。その後、リッカの枕元にそっと歩いていき、寝顔をじっと見つめる。
イチカ:リッカ様。先ほど申し上げた通り、私はあの方の人格を受け継いでいるのですよ。……リッカ様。
やがて、部屋の灯りが消されて、了。
あとがき
まず、大変申し訳ありません。お読みいただいた方ならわかるかと思いますが、少しレギュレーション違反を犯しております。お題は「葉の色”が”」でしたね……書き上げた後気づいたのですが、書き出しが和歌のもじりである以上「が」を変えるわけにはいかず、そのままにしております。どうかご容赦ください。
今回は女性ふたりの会話劇となっています。個人的には、リッカは冒頭部分と中盤以降とで少し雰囲気を変えると、より良いのではないかと思っています。イチカもまた、アンドロイドということで無機質めな口調にするとよいですが、その中にリッカへの想いを含める、というのが一つ難しいところかもしれません。短いながらも、演じ甲斐を感じていただけると幸いです。
当作品ですが、もしかすると後々ボイスドラマとして発表されるかもしれません。その時はまた、ぜひお聴きください。