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哲学者がnoteを始めた理由。

    はじめまして。哲学屋のひとりごと💫です。
    私はずっと「問い」とともに生きてきました。

    「私たちはどこからやってきて、どこへ向かうのだろう」
    「私は何者だろう」
    「人間にとっての幸福とは?」

    そして今、科学技術の急速な進展に揺れる時代のなかで、
    「技術が無限に進歩するとき、人間性は失われないか」
    「人間の自由の限界を、私たちは見極められるのか」

    こうした問いを扱う「哲学」や「倫理学」の研究者として、
    大学の講義では学生と、市民大学では一般の方々と、
    日々、議論を交わしてきました。

    そのなかで、改めて実感したことがあります。

    哲学や倫理は、専門家のものではない。
    むしろ、日々の暮らしのなかで、誰もが「問い」とともに生きている。

    たとえば、
    AI技術やケアロボットの開発・導入は私たちを幸福にするのか
    自分の人生の終わりを自分で決められるのか
    美容整形は個人の自由なのか
    生殖医療はどこまで許されるのか

    こうした選択のひとつひとつに、哲学や倫理の問いが潜んでいます。
    それなのに、哲学や倫理は「難しい」「遠い」と思われがちです。

    だから私は、noteを始めることにしました。
    難しい話を、やさしく。遠い話を、身近に。

    このnoteでは、
    「哲学的問いは、日常のなかに静かに息づいている」
    「倫理は、迷いの中にそっと顔を出す」
    をテーマに、
    ときに物語のように、ときに問いかけるように、綴っていきます。

    それは時には、哲学者の脳内の《ひとりごと》を呟く場にもなります。

    日々の出来事や読んだ本の感想、哲学者から見えた風景など、
    原稿や論文には至らないかもしれない言葉の欠片たちを書き留めていきます。

    哲学を身近に📚

    これまでに刊行してきた本では、読者とともに考えることを大切にしてきました。
    noteでも、あなたの「問い」や「迷い」と出会えることを願っています。

    どうぞ、これからよろしくお願いします。

     
     
    哲学者・大学教員。専門はヘーゲル哲学と生命倫理学。noteでは「哲学的問いは日常の中に」、「倫理は”迷い”の中に顔を出す」をテーマに綴っていきます。難しい話を、やさしく。遠い話を、身近に。 誰もがふらりと立ち寄って問いを共有できる『哲学カフェ』を開くのが夢です。

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