
「三拍子揃った職場」を求めすぎる人の盲点、等価交換という定規を捨てる覚悟
あれがない
これがない
家賃補助が1万円しかない
資格手当が1万円しかない
職場まで徒歩10分だけど通勤手当が出ない
何もかも他の人と同じようにもらえないのは不公平だ
という声。
最近、入社してすぐの段階で、職場の環境や待遇に対して不満を並べ立てる声を耳にすることが増えました。
福利厚生が充実し、給料が高く、残業がない。
そんな「三拍子揃った職場」を全方位から与えられるのが当たり前だと思い込んでいる、いわゆる「くれくれ精神」の蔓延に、私は深い違和感を覚えます。
もちろん、文句を言いたくなる気持ちもわからなくはありません。
物価高、歴史的な円安、社会情勢の不安、税率の上がり方。払う税金は増え続けるのに、あらゆるものの値段が上がり、生活費が重くのしかかる今の時代です。
さらに、労働市場が売り手市場へとシフトするなかで、従業員の意見が強くなるのも必然でしょう。
時代の変化に合わせて労働条件を釣り上げられない経営者側が、文句を言われる立場にあることも理解できます。
偉そうなことを書きましたが、私自身もまた、その「安全な檻の中の安寧」を甘受している側の人間です。
朝から深夜まで馬車馬のように働いていた駆け出しの頃は、今の彼らと同じように不満ばかりを口にしていました。
世間で囁かれる「年齢=手取り額でなければまずい」というプレッシャーに食らいつきながらも、ふと周りを見渡せば、自分のビジネスを立ち上げたり、自らの設計で家を建てたりと、明確な次のステップへ進む同世代の姿があります。
今の仕事を放り投げる気も、自分探しに逃げる気も100%ありません。自分の仕事には確かな誇りを持っています。
それでも、「給料やボーナスが保証されたこの安全圏で、自分はいつまで過ごせるのだろうか」という焦燥感や不安は、常に背中を這い回っています。
将来への保険として、物資としてのお金がもっと欲しい。
それは、文句を言っている彼らと同じように、私自身の中にも確実に存在する欲求です。
しかし、自分もまた「檻の中」の労働者だからこそ、強く思うのです。
会社という安全圏でリターンを求め続けるのであれば、私たちは「等価交換(コスパ)」という狭い定規を捨てなければいけません。
私が今、この組織という「檻」に留まり続けているのは、決して思考を停止して安住しているからではありません。
なぜかというと、