
設計事務所に入って、私たちは生きていけるのか?
2026/11/6 約2500字を加筆・全編修正しました
設計事務所に入社予定の学生、入社を検討している人、あるいはすでに働き始めている若手のあなたへ。
物価は上がり続けるのに、激務に見合わない少ない給料。 「この稼ぎで、自分はこれからずっと生きていけるのだろうか?」 ふとそんな不安に襲われ、目の前が暗くなる瞬間はないでしょうか。
結論から言うと、
この業界で生きていくのは大変です。
しかし、それはあなたの能力のせいではなく、業界の「仕組み」からきている部分も大きいのです。
今回は、なぜそんな仕組みがまかり通っているのか。
そしてどうやってこの世界で心とお金を守りながらサバイブしていくべきかについて、私の経験の全てをお見せしながら話をしようと思います。
※大前提として、これは私のような「一般人」向けの文章です。仕事が取れて即独立できる人、副業で別の収入がちゃんとある方、あるいはすでに大企業で安定を手にしている人には関係のない話です。
アトリエ系設計事務所という「修行の場」
設計事務所(いわゆるアトリエ)は、芸術家のように美意識を追求する職人的な創作の場の側面が強いです。その歴史的な背景には、弟子として師事し、修行を積みながら技術を身につける徒弟制度があります。
独立するまでの修行期間という前提があるため、以下のような思想が今なお根強く残っています。
賃金は安くて当たり前
技術は見て盗め
残業代やボーナスの概念はない
働き方改革の波やAIでの作業効率化によって改善されつつあるとはいえ、「昔はこうだった」の一言で終わらせる経営者も少なくありません。AIも有料プランを完備してくれるとは限りません。
ただ、ぶっちゃけた話をすると、1年目の何も分かっていない状態で仕事を任され、赤ペンだらけの図面を書き……そんなクオリティの仕事で給料がもらえること自体、経営目線で見ればありがたい話でもあります。
お金に見合った働きをしていないのに「給料が低い」と文句ばかり言うのは少し違う、と我ながら思う部分もあります。

地獄の「負のループ」の正体
そもそも、多くの設計事務所は「社員が定年まで長期間働くこと」を想定していません。3~5年で転職、あるいは独立していく人が大半です。
つまり、会社側からすれば長期的に賃金を上げるモチベーションは薄く、「若い人を低賃金で雇い、数年でローテーションしていく」ということが、一つの効率的な最適解になってしまっているのです。
夢を持った若者は「これは修行期間だから」「ここでしかできない経験があるから」と自らを納得させます。しかし現実は甘くありません。
一級建築士を取るまでは頑張ろうと決意
激務すぎて試験勉強の時間が確保できない
不合格になり、資格学校にさらに大金を払う
お金が貯まらず、生活のために身を粉にして働くしかない
「早くここから抜け出したいから、とにかく資格を取るまで…」と執着
この「地獄のような負のループ」に絡めとられている若手を見てきました。これが、今の業界のリアルな仕組みです。
戦略的「回り道」という選択肢
それでもなお、住宅や別荘や小さなホテル、複雑なリノベーションなど、小〜中規模の建築のすべてに携わりたい。特定の建築家に憧れ、その人の下でどうしても学びたい。
そう強く思うなら、
人生は一度きり、迷わず設計事務所の門を叩くべきです。
以前の私は、この過酷なお金の不安に対するひとつの戦略として、「最初の5〜6年は大手でしっかり資本と経験を蓄え、その防御力を持ってから独立するなりアトリエへ行くなりする」という選択肢を提案しました。
その考えは今でも変わりませんし、極めて論理的で強力な正解のひとつだと思っています。大手の給与で生活基盤を固めてから挑むのは、技術職として非常に生存率の高い賢い選択です。

地獄の反対はまた別の地獄なんて、よくある話です。
(撮影:筆者)
しかし、一方で「最初から設計事務所で働きたい」という強い想いを持つ人や、すでに今この瞬間、設計事務所で働く人も大勢います。
大手の採用枠を狙う道だけではない、お金に悩まずに生きていくための現実的なルートはないのだろうか。
実際、私自身は大手経由ではなく、新卒(院卒前)から設計事務所に飛び込んだ人間です。
残業代もないような世界で、なぜ私が退場することなく、いやいやながら学費を払って一級建築士を取り、新NISAで資産形成をしつつ海外へ建築を見に行き、今も設計を続けられているのか。
ここから先は、大手との数字の差を冷静に見つめた上で、最初から設計事務所を選んだ私が実際にやってきた「生活」と、飛び込んでも潰れにくい「設計事務所の見極め方」をお話しします。
最初からアトリエ一本を選んだ私が歩んできた、お金に詰まずに生きていくための「もうひとつの現実的なルート」として、本気でこの世界で生きていきたいあなたに届くことを願っています。