
罪悪感ごとベッドに沈む休日と、「自分軸」で休む覚悟
激務の果てに、本当に動けなくなる日があります。
労働に限りませんが、生きていると、そんな修羅場をくぐったことある人も多いのではないでしょうか。
文字通り、ベッドの上で1日を過ごす日が来てしまうのです。

普段の整った食生活や運動の習慣ーー
週末に仕込んだ作り置きも、日課の筋トレやランニングもすべて手放し、カップ麺と冷凍食品、炭酸飲料にポテトチップス、そしてアイスクリームとともにダラダラと過ごす。
何の生産性もない、無駄すぎる1日。
そして1日が終わる頃には、罪悪感に襲われます。
「明日の仕事が、学校が嫌だ、何か休む言い訳はないか…」
と考えてしまう。
でも、私は、そんな日もあると思っています。
脳が動くことを完全に拒否しているのに、無理をして動かし続ければ、いつか本当に心が壊れてしまいます。
それは医学的な証明を待つまでもなく、身体が発する極めて健全な自己防衛本能だからです。

しかし、いざ休むとなると私たちは強い不安に駆られます。
「動いていない自分には価値がないのではないか」
「周りに遅れをとっているのではないか」
この、休むことへの罪悪感や焦りは、
ある意味で「自分軸」で人生を捉えられていない証拠でもあります。
他人のスピードや世間の生産性という定規で自分を測っているから、立ち止まることが怖くなるのです。
本当に自分が今の休養を必要としていると心の底から納得できていれば、誰の目を気にする必要もなく、何の気兼ねもなく休めるはずなのです。
自分で自分の状態をコントロールし、焦らなくてもいいことで不安にならない強さを持つこと。
つまり、「休む覚悟」を決めること。
それもひとつの大事な決断だと思います。

とはいえ、怠惰との線引きができているわけではありません。
むしろそれを言い訳に怠惰に過ごしているまであります。
まだまだ自分の未熟さを感じる日々ですが、こうしてベッドに沈み込む不格好な日も受け入れながら、腐らずにやっていきます。
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