
山田太郎、四十七歳。将棋ウォーズ初段。本人いわく「甘初段」。 その男が、なぜか竜人戦だけを勝ち上がった。 理由は誰にもわからない。本人にもわからない。奨励会にいたわけでもなければ、血のにじむような修行をした形跡もない。ただ、竜人戦では異様に強かった。
そして竜人になった。
賞金二千万円。
記者会見で今後の目標を聞かれ、山田は答えた。
「段位免状を申請します」
昔から欲しかったのだという。 竜人の欄に、自分の名前が入った免状を。
翌年、防衛戦が始まった。
第一局、山田は来なかった。 不戦敗。
第二局も来なかった。 不戦敗。
第三局も来なかった。 不戦敗。
三連敗。あと一局負ければ失冠である。 将棋界は騒然となった。
連盟から電話がかかってきた。
「竜人、どういうおつもりですか」 「遠いんですよ」 「タイトル戦ですよ」 「知っています」 「次も欠場されるのですか」
山田は少し考えた。
「二千万円、またもらえるんですよね?」
第四局。 山田は来た。 挑戦者は、七冠制覇を続ける若き絶対王者だった。
開始から二時間。
山田勝ち。
第五局。 山田勝ち。
第六局。 山田勝ち。
三勝三敗。
最終第七局。 世紀の一戦と呼ばれた。
ところが午後三時すぎ、絶対王者が投了した。
四連勝。 防衛。
感想戦で若き王者は盤を見つめたまま尋ねた。
「途中の△6四歩ですが、どこまで読んでいたんですか」
山田は腕時計を見た。
「すみません。帰っていいですか。図書館が閉まるので」
翌月、一通の筒が届いた。 開けると、念願の段位免状が入っていた。
山田はしばらく眺めた。
そこには確かに、
竜人 山田太郎
と記されていた。
山田は満足した。
その年、中央放送杯から出場依頼が届いた。 辞退した。
理由欄には一言だけ書いた。
「東京なので」
それ以降も、山田は竜人戦にしか姿を見せなかった。
なぜ強いのか。 誰にもわからなかった。 本人も説明しなかった。
ただ毎年、失冠寸前になると現れて、勝った。 そして二千万円を受け取り、本を読み、将棋を指し、ときどき変な小説を書いて暮らした。
編集後記
扉の画像は、Geminiを使用して作成しました。