
ベルトと養成ギプス――マイケル・ジャクソンと星飛雄馬、ふたりの少年は同じ時代に泣いていた
漫画の中で星飛雄馬が鍛えられていた同じ時代、太平洋の向こう側でマイケル・ジャクソンもまた、父に鍛えられていた。
星飛雄馬とマイケル・ジャクソン。フィクションと現実が、同じ時代に進行していたことに気づいた。
映画『Michael』を観た。
冒頭近く、まだ幼いマイケルに稽古をつける父ジョセフの姿が映る。その瞬間、私の中で何かがつながった。
これは、音楽の星一徹だ。
『巨人の星』を見たことがある人なら、ちゃぶ台をひっくり返し、我が子に「大リーグボール養成ギプス」を課す父親の姿を覚えているはずだ。スクリーンのジョセフ・ジャクソンは、あの一徹と驚くほど重なって見えた。
そして同時に、ひとつの確信が湧いた。ジョセフがいなければ、マイケル・ジャクソンという不世出のスーパースターは、この世に生まれなかった。
巨人の星は、1966年から始まっている
『巨人の星』は、『週刊少年マガジン』1966年19号から1971年3号まで掲載された。星一徹による血の特訓、養成ギプス、ちゃぶ台返し——昭和の父子の狂気が、日本中の少年たちの心をつかんだ。
まさにこの時期、太平洋の向こう側では、ジョセフ・ジャクソンがベルトを手に、幼いマイケルたちを鍛えていた。1960年代後半、ジャクソン5はローカルな舞台から頭角を現し、1968年にモータウンと契約する。
1969年、Jackson 5は「I Want You Back」でメジャーデビューする。その後、「ABC」「The Love You Save」「I'll Be There」と続き、最初の4曲がチャート1位を獲得した。少年マイケルは、全国区のスターになる。
『巨人の星』本編の連載期間と、ジャクソン5の爆発的な成功期は、不気味なほど重なっている。
同じ時代に、日本のフィクションとアメリカの現実で、よく似た構造の父子が動いていた。
偶然と言うには、あまりにも似すぎている。血の特訓、ベルトと養成ギプス、父の見果てぬ夢、子に背負わされる才能——これはシンクロニシティだ。地球の裏側で、まったく別の言語、別の文化圏に生きる二組の父子が、同じ形の物語をなぞっていた。断言はしない。ただ、この重なりに気づいたとき、私は鳥肌が立った。
ジョセフは、歌手になれなかった男だった
ジョセフ・ジャクソンは、プロとして成功した歌手ではない。若い頃はボクサーを目指し、その後U.S. Steelでクレーン操縦士として働きながら、兄弟とFord Falconsというバンドで音楽をやっていた。地元のR&Bバンドでギターを弾いていたという話もある。
大成できなかった自分の夢を、息子たちに託した。とくにマイケルに。
これは、星一徹と同じ構図でもある。一徹もまた、かつては有望なプロ野球選手だった。しかし戦争で負った怪我によって、その道を絶たれている。果たせなかった父の夢を子に背負わせる——ジョセフと一徹は、音楽と野球という違う分野でありながら、同じ形の傷を抱えた父親だった。
その指導は「熱血」という言葉では生ぬるかった。間違えればベルトで鞭打たれる。マイケルは後年、父が椅子に座ってベルトを手にしていた光景を、繰り返し語っている。父を「Dad」ではなく「Joseph」と呼ばされていたという証言もある。
それは父子の関係ではない。監督と演者、あるいは調教師と選手の関係だった。
少年時代、マイケルは「窓の外の日常」を見ていた
Jackson 5がスタジオで練習している間、外では他の子どもたちが遊んでいた。マイケルは、その光景を眺めながら歌わされていたと語っている。
喝采を浴びるステージの内側で、彼はずっと、普通の子どもがする楽しいことをする機会を求めていた。後年のネバーランドへの執着は、失われた子ども時代を取り戻そうとする行為として、よく語られる。
栄光と傷は、同じ根から伸びていた。
独立、そして赦しと距離
1979年、マイケルは『Off the Wall』を発表する。ジョセフの息子から、一人の表現者へ変わり始める、象徴的な一枚だ。父のマネジメントからの離脱は、この前後から段階的に進んでいった。
1993年、オプラ・ウィンフリーのインタビューで、マイケルは父から受けた虐待について語る。父を見ただけで震え、吐きそうになったこともあったという証言も残っている。
それでも、完全な断絶ではなかった。2001年のオックスフォード大学でのスピーチで、マイケルは父を厳しい調教師のようだったと振り返りながら、今は感謝の目で見ることができる、父の愛は「厳しい愛」だったのだと語っている。父を理解し、赦そうとした形跡は確かにある。
一方で、マイケルの遺言書には、母や子どもたち、チャリティ団体への配分は明記されていたが、ジョセフの名前はなかったと報じられている。
赦しと距離。その両方が、晩年のマイケルとジョセフの関係を表している。
フィクションと現実の、決定的な違い
アニメ版『巨人の星』の最後、一徹は飛雄馬をおんぶし、心の中で「よくやった」と認める。狂気の特訓の果てに、父子の情愛という救いが訪れる。物語は、父の狂気を美学として回収する。
ジョセフとマイケルの場合は、そうならなかった。マイケルは、幼少期のトラウマと外見への強いこだわりを抱えたまま、不眠とツアーの重圧に苦しみ、50歳でこの世を去った。父と、普通の親子として穏やかな時間を取り戻せたのかどうかは、誰にもわからない。
星一徹は、物語の中で父になれた。 ジョセフ・ジャクソンは、最後までマネージャーの鎧を脱ぎきれなかったのかもしれない。 そしてマイケルは、世界中の子どもたちに夢を与えながら、自分自身の子ども時代を、生涯探し続けた。
『巨人の星』は、昭和が生んだ夢だった。
そして、ほとんど同じ時期、太平洋を挟んだ反対側で、よく似た形をした父子の愛憎劇が、フィクションではなく現実として進行していた。海を隔てた二つの国で、言葉も文化も違うのに、なぜこれほど似た物語が同時に動いていたのか。
似ている。 しかし、同じではない。 だからこそ、怖い。