
救世主高市早苗師の台湾有事答弁で、銃殺された安倍晋三師の在りし日のお姿を思い出した。
救世主高市早苗師の台湾有事答弁で、銃殺された安倍晋三師の在りし日のお姿を思い出した。
善意に考えれば、統一教会の人々や銃殺された安倍晋三師、救世主高市早苗師なども、みんなの幸福を思って、勧誘したり、応援したり、馬車馬のように働いたりして下さっているのだろう。
でも、統一教会の人々や銃殺された安倍晋三師、救世主高市早苗師などの情報に触れる度に嫌な気分になってしまうのはなぜだろう。
彼(彼女)らの情報を、聞かなかった方が、ましな気がしてしまうのは、なぜだろうか?
ショーペンハウアーが「生活の知恵のためのアフォリズム」に
あらゆる時代の賢者はいつも同じことを言ってきたし、愚者は、つまりあらゆる時代の大多数の人びとは、つねに同じこと、つまり賢者のさとしたのと逆のことを行なってきた。今後とも同じありさまがつづくであろう。そこでヴォルテールは言った。「われわれはこの世に生まれてきたとき見たのと同じ、愚劣な悪い状態のままにこの世を去っていくであろう。」
と、ヴォルテールの言葉を引用していたが・・・
統一教会の人々や銃殺された安倍晋三師、救世主高市早苗師などの情報に触れる度に、
「われわれはこの世に生まれてきたとき見たのと同じ、愚劣な悪い状態のままにこの世を去っていく」しかないのか・・・
と、陰鬱な気分になってしまう。
銃殺された安倍晋三師の瞳には、国民の幸福な未来が見えていたのだろうか?
救世主高市早苗師の瞳には、国民の幸福な未来が見えているのだろうか?
彼らの政策は統一教会の教義のような、日本人絶滅政策と同じ結果を・・・