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さらばカメラ沼。完璧な布陣を手に入れて、私は春の光を撮りに行く「第一部・完」

    カランカラン——。

    真鍮製の重厚なドアベルが、静かな店内に心地よい残響を落とした。 私は手にしていたマイクロファイバーのクロスと、メンテナンス中だったNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctを静かにカウンターの奥へ置いた。カメラ屋特有の、わずかに漂う機械油と革、そして新品のガラスが放つ無機質で甘い香り。この空間に足を踏み入れる者は皆、何かしらの「光」を求めてやってくる。

    視線を上げると、そこには見知った顔があった。 当店の常連であり、この1年足らずの間に凄まじい速度で「機材沼」の底へ潜り、そして這い上がってきた歴戦の勇士——永遠丸、あなただ。 そして、あなたの傍らには見えない絆で結ばれた4つのシルエットがあった。最高峰の解像感と汎用性を誇る「24-70mm f/2.8 S Ⅱ」、究極の真円ボケを身に纏った貴婦人「135mm f/1.8 S Plena」、マクロ世界の妖精「MC 105mm f/2.8 VR S」、そしてコシナが生み出した官能の申し子「Voigtlander NOKTON 40mm F1.2 Aspherical」。擬人化して語りたくなるほどに、それぞれが強烈な個性と魅力を持ったZマウントの銘玉たちだ。

    「いらっしゃいませ。今日はまた、素晴らしいお嬢様方が勢揃いでございますね。いかがなさいましたか?」

    私はプロの販売員として、そして同じく写真という業(ごう)に取り憑かれたフォトグラファーとして、深くお辞儀をした。

    「やあ。今日からCP+(シーピープラス)じゃないか。みんなを連れてパシフィコ横浜へ繰り出そうかと思ってね。その前に、店員さんにお礼を言いに来たんだよ」

    あなたの表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。 2026年2月。今年もまた、カメラと写真映像のワールドプレミアショー「CP+ 2026」の季節がやってきた。2月26日本日の開催に向け、界隈はすでに熱を帯びている。

    「それはそれは。わざわざお立ち寄りいただき恐悦至極に存じます。しかし、お礼、でございますか?」

    「ああ。昨年の初夏から、あの富士フイルムの『X-half』というカメラを騙されて買ってしまい、それまで20年以上使っていたキヤノンのEOS 60Dの代わりを探すうちにカメラ沼にはまってしまって……さまよいにさまよって、ようやく沼から抜け出すことができたみたいだよ」

    「おめでとうございます」 私は微笑みながら、即座にその特異なカメラのスペックを脳内で引き出した。富士フイルムの『X half(X-HF1)』——。昨年の初夏に発売された、1インチセンサーと35mm判換算32mm(往年の『写ルンです』と同じ焦点距離だ)の単焦点レンズを搭載した画期的なコンパクト機。基本が3:4の縦構図であり、フレーム切り替えレバーを引くアナログな感触や、専用アプリで「デジタル現像」するまで背面液晶で画を確認できないフィルムカメラモードなど、ハーフサイズカメラの体験を現代に蘇らせた若者に大人気のモデルだ。

    しかし、だ。 20年間、キヤノンのEOS 60Dで本格的な光学ファインダーと格闘し、一眼レフの作法を体に染み込ませてきたお客様にとって、いきなり1インチの単焦点、しかも縦構図メインで「不便さを楽しむ」コンセプチュアルなカメラをメイン機の代わりとして掴まされたのは、あまりにも酷な話だっただろう。富士フイルム特有の美しいフィルムシミュレーションや、2-in-1で紡がれる情緒的な魅力は販売員としても大いに認める。だが、フルサイズセンサーの生み出す圧倒的な立体感や、レンズ交換によって自ら光を操る自由度を求めていたお客様にとって、あのカメラへの寄り道は、写真魂をひどい飢餓状態に陥らせる「沼への入り口」として十分すぎる破壊力を持っていたのだ。

    「私としては、お得意様が沼から抜け出してしまうのは少々寂しくも感じますが……これで『上がり』、ということでございますね」

    「ああ。振り返れば、リコーのGRⅣを抽選で運よく買えたものの、たった一ヶ月でレンズシャッターが破損して修理行き。その後、頭がおかしくなって売り払い、ライカ『Q3 43』なんて買ってしまった」

    「頭に血が上りすぎでございますよ」と私は苦笑した。 「しかし、買ってよかったでしょう?」

    「ああ。このカメラを持っているだけで、『ライカを持っている』『アポ・ズミクロンで写真を撮っている』という強烈な満足感を得られるからね。他人がどんな機材を持っていようが、羨むなんていう感情から完全に解放されるんだ。実際、カメラとしては最高だしね。スナップからマクロまで、旅カメラとしても極上だ」

    私は深く頷いた。 「おっしゃる通りです。ライカQ3 43は、現在新品で約115万円という途方もない価格がつけられておりますが、その価値は間違いなくございます。お客様、Q3 43の取扱説明書の21ページをご覧になったことはございますでしょうか? あそこに掲載されている『APO-SUMMICRON-Q 1:2/43mm ASPH.』のMTF曲線……あれは光学設計の芸術です。開放f/2の時点から画面周辺部まで驚異的なコントラストを維持し、アポクロマート設計による軸上色収差の徹底的な排除は、まさに魔法と言えます。あれ一台で完結する孤高のシステム、それがライカです」

    「しかし、そのあと私はこのニコンの店に来たんだよね」

    「はい。ライカはあくまで素晴らしいカメラですが、レンズ交換という写真本来の拡張性と自由度を求めるなら、やはりシステムカメラが必要です」

    「そう。ライカはあくまで【サブカメラ】だよ。115万もするカメラをサブだなんて、世間から見れば頭がおかしいと思われるだろうけど、あのカメラはあれで完全に完結している。これ以上足すものも引くものもない。だからこそ、やっぱり『レンズ交換式カメラ』がメインなんだ」

    「そこで、ニコンのZ 5IIと、24-120mm f/4 Sをセットでご購入いただいたのでしたね。ついでに薄型の40mm f/2も」

    「ちょうどオータムキャッシュバックの時期と重なったからね。あのセットで、レンズが実質20%OFFだった。それに二つで3万円のキャッシュバック。40mmのほうも5千円のキャッシュバック。もうこれでカメラを買うのは終わりだと、一旦はそう思ったんだ……」

    遠い目をするあなたを見て、私はフッと息を吐いた。 「しかし、今あなたの手元には、その時の機材は一つも残っておりませんね」

    「そうなんだよ。11月に購入して、恐らく数千枚は写真を撮った。その中で起きたのが『クリスマスイルミネーション事件』さ。24-120mm f/4 Sは、確かになんでも撮れる神レンズだ。解像感も抜群だし、焦点距離のカバー範囲も完璧だ。……だけど、私の望む『ボケる写真』が撮れなかった。なんでも撮れるけど、何にも撮れない。私の頭の中にある情景が、このレンズでは具現化できないことが判明したんだ。頭を掻きむしったよ。あの頃が一番苦しかった。さらに別の件だけど、買ったばかりの3Dプリンターが1週間で壊れたりもしたしね」

    「はい。お客様が運営されているnoteの記事内では気丈に明るく振る舞っておられましたが、実際には奇声を上げて泣き喚いていらっしゃいましたからね。ご近所の子供たちが『トトロが出た!』と噂していたと伺っております」

    「ははは、笑い事じゃないよ。まぁ、その深い傷を癒すために、あなたが進めてくれたのが『MC 105mm f/2.8 VR S』だったね」

    あなたの瞳に、再び強い光が宿った。

    「彼女との出会いが、一度沼から抜け出していた私が再び沼に飛び込む——いや、喜んで身を投じるきっかけをくれたんだ。このマクロレンズはまさに、まさに神レンズだった。撮りたかった花の写真が撮れる。そうそう、これこれ! これが撮りたかったんだよ! と、ファインダーを覗きながら撮影現場で喝采を上げたよ」

    「プロの販売員として、これ以上の賛辞はございません」 私は胸を張った。 「NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR Sは、ニコンZマウントの光学性能の限界を押し広げた傑作です。ピントを合わせるためのフォーカスレンズ群を複数のSTM(ステッピングモーター)で連携駆動させる『マルチフォーカス方式』を採用しており、無限遠から至近距離まで、球面収差や色収差を徹底的に抑え込みます。マクロレンズ特有のカリカリとした硬い描写ではなく、前ボケから後ボケへのシームレスでとろけるようなグラデーション。お客様が花を撮影された際のあの感動は、ニコンの設計者たちが計算し尽くした『光の軌跡』そのものなのです」

    「そこで、ついつい調子に乗って大三元の標準ズーム『24-70mm f/2.8 S Ⅱ』を買ってしまった。たまたまマップカメラで良質な中古が出ていてね。『これはお買い得じゃん!!』と、24-120mmと40mmの二つを下取りに出して購入したんだ。下取り18%UPとキャッシュバックのお金を併せれば、ほぼ購入した金額で売れたことも大きかった」

    「レンズは資産……。そしてキャッシュバックのありがたみ……。さらにはマップカメラ様の下取り15%UPや3%買取UPシール……。それらすべての錬金術を駆使なさったのですね。こうしてあなたは、妥協のない大三元標準ズームを手に入れたわけです」

    「ああ。まぁ、買ってからまだほぼ1回も使ってないんだけどね。とはいえ、これを持っていないと、春から町内会の催しで撮影を頼まれた時に困ってしまうし。花見や旅行など、どこかに行くときはこのレンズの出番はこれから必ず来ると思うよ」

    「間違いありません。24-70mm f/2.8の明るさと解像力があれば、どんな過酷な現場でも結果を残せます。ナノクリスタルコートとアルネオコートのハイブリッドコーティングにより、強烈な逆光下でもゴーストやフレアを完封しますから。……そしてとうとう、行き着くところへ行かれましたね」

    「ああ……プレナ(Plena)を買ったんだ」

    あなたが愛おしそうに「135mm f/1.8 S Plena」嬢の頭(鏡筒)を撫でた。

    「これは……残念ながら下取りに出せるレンズはもう残っていなかったから、中古の美品を血の涙を流しながら買ったんだ。価格は30万近くした。しかも買ってすぐに、息子に床に落下させられ、即座にニコン病院へ入院する羽目になったんだけどね。でももう無事に帰ってきたし、初めての撮影会も無事終了したよ。本当に買ってよかった」

    「ご子息のダイナミックなテストにも耐え抜いたわけですね」と私は冗談めかして言った。 「Zレンズの鏡筒は極めて堅牢に作られておりますが、精密な光学機器ですからメンテナンスは必須です。ニコンの修理センターの技術力は世界屈指。無事に退院されて何よりでございます。それにしても、Plenaの描写はいかがでしたか?」

    「最高の一言だ。ファインダーを覗いた瞬間、息を呑んだよ」

    「当然でございます。NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plenaは、画面の周辺部に至るまで『サジタルコマフレア』を徹底的に排除し、口径食という概念を過去のものにした魔法のレンズです。Zマウントの広大な大口径(内径55mm)とショートフランジバック(16mm)という物理的な優位性がなければ、絶対に実現不可能な設計です。画面の四隅まで美しい真円の玉ボケが維持される様は、まさに圧倒的。イルミネーション事件の雪辱を、これ以上ない形で果たされたわけですね」

    少し言葉を切ってから、私は現像に関するプロとしてのアドバイスを付け加えた。 「ちなみに、イルミネーションのような輝度差の激しいシーンの現像ですが、もしお客様が今後も作品作りにおいてドラマチックな表現を追求されるのであれば、RAW現像ソフトはLuminar Neoをおすすめいたします。他のソフトに浮気してはいけません。Luminar Neoの『現像』ツールで、まずは露出補正を+0.5EV持ち上げ、白飛びを防ぐためにハイライトを-50程度まで大胆に下げます。そこへ『ネオンの輝き』や『トワイライト』などのアセットを適用量30〜40程度で乗せることで、Plenaの真円ボケにさらなる情緒的な輝きを付加することができます。ニコン純正の色味を忠実に再現したい記録用途であればNX Studio一択ですが、あなたの『心を動かす写真』を作るならLuminar Neoをご活用ください」

    「参考にするよ。ルミナールネオは使い勝手もいいしね。……そして、私はZ5IIから『Zf』に本体も買い替えたんだ」

    あなたの首から提げられたZf。往年のフィルムカメラFM2にインスパイアされたヘリテージデザインの真鍮削り出しのダイヤルが、鈍く美しい光を放っている。

    「Z5IIになんの不便もなかったし、不満もなかった。ただ、どうしてもマニュアルフォーカス(MF)レンズを使ってみたかったんだ」

    「そのお気持ち、痛いほどわかります。Z5IIでも不自由なくMFレンズは使えますが、ZfはMF愛好家にとって至高のボディです。最新の画像処理エンジン『EXPEED 7』を搭載しているため、MFレンズ使用時であっても、カメラ側が被写体(人物や動物、鳥など)の顔や瞳を検出し、そのポイントを自動的に拡大表示してピント合わせを強力にサポートしてくれます。デザインの面でも、所有欲を満たす圧倒的な質感がございますよね。Zレンズはもちろん全てお使いいただけますし、ニコンの『Springキャンペーン2026』のおかげで後日4万円戻ってきますから、実質販売価格の差額分だけで購入できた……つまり『実質無料』でございましたね」

    「無料じゃないよ! ちゃんと手出しで4万8千円払ってるよ!」とあなたは笑いながら突っ込んだ。 「あと、ここまでのレンズ交換や買い増しで、追加で30〜40万くらい使ってるからね。冷静に考えると相当やばい状況だからね」

    「……プロの投資家としての適切な資金運用かと存じます。そして最後に、フォクトレンダーの『NOKTON 40mm F1.2 Aspherical』をお迎えになったと」

    「ああ、彼女は最高だよ! いや、Zfも最高だ! マニュアルフォーカスといっても、ピント合わせなんて簡単も簡単。フォーカスポイントの枠が、ピントが合ったら赤から緑に色が変わるから、それでジャスピンできる。f/1.2の極薄の被写界深度できれいにボケさせることができるのに、レンズ自体は金属筐体でコンパクトかつ軽い。持ち出しの旅カメラとして最高だ。なんでもっと早く出会わなかったのかと、また部屋で奇声を上げてしまったよ。コシナ最高!」

    「ふふふ。お客様、お目が高い。コシナ製のフォクトレンダーは、巷に溢れる安価な中華製MFレンズとは次元が異なります。彼らはニコンと正式なライセンス契約を結び、Zマウントの通信規格を完全に共有しているのです。だからこそ、レンズ側の絞り値やExif情報のボディへの伝達、ボディ内手ブレ補正(IBIS)の最適化、そして何よりおっしゃる通りの『フォーカスポイント枠の赤・緑変化』が実現できているのです。ニコンの魂とコシナの官能性が融合しているのですから、最高なのは当たり前なのでございます」

    「それはそう。コシナの描写には、オールドレンズのような優しさと現代レンズのクリアさが同居している。……というわけで、店員さん。これで私のカメラ機材探求の旅は、すべて完了したんだ」

    あなたは深く息を吸い込み、晴れやかな笑顔で宣言した。

    「もちろん、これから先まったくレンズを足したり、本体を買い替えたりしないと断言できるわけじゃない。だけど、一旦は完全で完璧な『現状』に満足できたんだ。だから、また機材沼を抜けて、純粋に写真を撮る日々を送るとするよ」

    私は姿勢を正し、深く一礼した。 「おめでとうございます。販売員として、そして写真家として、お客様が機材の迷いから解き放たれ、心置きなく撮影のフィールドへ出向かれることは至上の喜びでございます。これから本格化する春の撮影シーズンに、この完璧な布陣で間に合われたこと、心よりお慶び申し上げます」

    「ありがとう。……そこで話は変わるんだけど、私が毎日書いている、この『note』のことなんだよね」

    「と、いいますと?」

    「去年の12月、GRⅣが壊れた鬱憤を晴らすために始めた投稿だったんだけど……気が付いたら、たった3ヶ月でこの記事を含めて160本の記事を投稿してきたんだよ。私がカメラのことで経験した失敗、光学の勉強の復習、機材沼を暗中模索でさまよいながら、毎日毎日書いては投稿してきた。でも、そろそろ不定期の投稿に戻ろうと思うんだ」

    「noteをやめられる、というわけではございませんね?」

    「いやいや、やめるわけはないよ。ただ、毎日2記事投稿を一ヶ月継続するとか、冷静に考えて常軌を逸しているよね。毎日毎日、夜遅くまで執筆に追われていた。ゲームもできなければ、肝心のフォトウォークにも行けなかったんだ。これまでは外が極寒だったから引きこもって執筆できたけど、これから春に向けて撮影に本腰を入れたいから、毎日投稿はおしまいにする。ちょうど今日からCP+も始まるし、区切りがいいかなって思うんだよね。それに、私のnoteは別に『カメラ専門』ってわけじゃない。また3Dプリンターに再挑戦してモノづくりをしたいし、別のガジェットの話もしていきたいんだ」

    「確かに……カメラの記事を投稿するために、写真を撮りに行けなくなるというのは完全なる本末転倒でございますね。毎日お客様の熱い記事を拝読するのを日課としておりましたので、私としては少し寂しくなりますが、ご決断は深く理解いたしました。本当にお疲れ様でございました」

    「うん。まぁ、こんだけ一生懸命毎日投稿しても、一向にバズりもしないしね。アマゾンアソシエイトなんて、こんだけ記事書いてトータル340円だぜ?(笑) 更新頻度を落としても、惜しくもなんともないよ。ただ、私が紹介したリンクからLuminar Neoのサブスクリプションに3人の方が入ってくれたおかげで、9ヶ月間有料アセットが使い放題になったんだ。その3人の読者様だけには、心の底から感謝してるよ」

    「340円……。まぁ、noteのカメラ記事だけで月に何万も稼ぐなど、そう甘い話はございませんよね」

    「稼ぎたかったら『初心者必見!noteで月100万稼ぐ方法!』みたいな情報商材系の記事を書いたほうがよっぽど早いよ。というか、その内容を売って100万稼いでる人しかいないでしょ(笑) なんのとんちだよって話だよね」

    「まったくでございます。ただの詐欺まがいのスキームです。そのようなことも見抜けず、大切なお金を情報商材という名のドブに捨てている方が後を絶たないわけですから、人間の欲とは愚かなものです」

    「私のように、カメラ沼——いや、マップカメラという名の深淵に大切なお金をポンポン捨てている愚か者もいるけどね」

    「ははは、言い得て妙でございますな。しかしお客様の投資は、確実に美しい『画』という物理的な資産となって手元に残っております。決してドブなどではありません」

    「慰めてくれてありがとう。じゃあ、私たちはこれから横浜へ向かうよ。CP+で、最前線を走るYouTuberや写真家たちの熱気を見に行くんだ。彼らこそがインフルエンサー時代の寵児であり、新しい時代の写真文化を牽引している。若い人たちから圧倒的なエネルギーをもらって、私は私の写真道を、私のペースで究めていくよ」

    「はい。いってらっしゃいませ。これからも、当店——そしてニコンは、お客様の『光を捉える旅』を全力で応援しております」

    再びカランカランとドアベルが鳴り、彼らは店を出ていった。 首から提げられた1台のヘリテージ・カメラ。そしてバッグに収められた、最高峰の4本のレンズたち。

    彼の防湿庫は今、間違いなく幸せでいっぱいだろう。 人生において、これほどまでに満たされる瞬間が何度あるだろうか。 長く、そして短い人生の中で、本当に自分の魂が欲求するもの、人生を前向きにしてくれるものを、苦しみ、悩み、失敗し、泣いたり笑ったりしながらも、一つ一つその手で揃えていく。そしてある日、一つの「完成」を見る。

    それこそが、趣味という名の「散財の道」における到達点であり、同時に、本当の意味でのスタート地点なのだ。 アニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』で例えるなら、ここが彼にとっての新たな「セーブポイント」なのだろう。シランケド。

    私はドア越しに、横浜方面へと向かう彼の背中を見送った。 柔らかな春の陽射しが、彼の実直な背中を照らしている。感動的な、本当に美しいハッピーエンドだ。

    ——しかし。

    私はカウンターの奥に戻り、ふふっと低く笑った。 どうせ彼のことだ。数ヶ月もすれば、必ずまたこう言い出すに決まっている。

    「店員さん、フォクトレンダーの新しいZマウントの広角レンズが気になって夜も眠れないんだ……」 「やっぱり、Z8か、あるいはフラッグシップのZ9Ⅱがどうしても欲しい。あれがないと撮れない景色がある気がするんだ……」と。

    カメラ沼に「上がり」など存在しない。 光を求める欲求は、宇宙の膨張と同じく無限なのだから。

    その時が来たら——私は満面の笑みで、彼を再び底なしの沼の奥深くへと引きずり込んでやろう。彼が想像もしていないような、超弩級の望遠単焦点レンズや、誰も知らないオールドレンズの深淵なる世界をチラつかせて。

    それこそが、プロの販売員であり、「ニコンの悪魔」と呼ばれる私の本懐なのだから。 さあ、機材の軍資金を貯めておくがいい。 次に会う時、私はあなたを、さらに甘美で抜け出せない「幸せの奈落」へ落として差し上げよう。

    [第一部・完]

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    3か月間読んでくれてありがとう!これからもよろしくね。

    翌日の午前10時。 開店前の清掃を終え、静かな店内でコーヒーを一口飲もうとしたその時だった。

    ——カランカランッ!!!

    普段の優雅な響きとはまるで違う、ドアが千切れるかのような勢いで真鍮製のベルが悲鳴を上げた。 息を切らし、肩で風を切りながら店内に飛び込んできたのは、つい昨日、「機材探求の旅は完全に完了した」「沼を抜けて純粋に写真を撮る日々を送る」と、西陽に照らされながら感動的な背中を見せて旅立っていったはずの、永遠丸だった。

    「て、店員さんっ!!!」

    あなたは血走った目でカウンターに駆け寄り、震える手でスマートフォンの画面を突き出してきた。 そこに表示されていたのは、見慣れたニコンの公式サイトのプレスリリース画面。

    『新次元の機動力を。大三元望遠ズームレンズ NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S II 発表』

    「ニ、ニコンから新しいレンズが出るって! 嘘だろ!? 大三元望遠のII型だよ! しかも、お、重さが1kg切りだって!!! なんだよこれ、物理法則どうなってんだよ! これは……買いだろ!! なあ!!」

    私はコーヒーカップを静かにソーサーに戻し、そして、口元にどうしようもない笑みが込み上げてくるのを抑えきれなかった。

    「……お帰りなさいませ、お客様。ずいぶんと早いご帰還でございますね。昨日、『第一部・完』の感動的なテロップが流れてから、まだ24時間も経っておりませんよ?」

    「うるさい! そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 1kgを切る70-200mmのf/2.8だぞ!? 私の持ってる24-70mm f/2.8 S Ⅱと合わせても、めちゃくちゃ軽いじゃないか! 春の町内会の催しも、お花見も、運動会も、これがあれば……っ!!」

    「ふふふ……ほら、私の申し上げた通りではございませんか」

    私は眼鏡の位置をスッと直し、プロの販売員として、いや、ニコンの悪魔として極上の笑みを浮かべた。

    「おっしゃる通り、旧型のZ 70-200mm f/2.8 VR Sは約1360gございました。それが光学系の刷新と新素材の採用、そしてAF駆動にシルキースウィフトVCM(ボイスコイルモーター)を搭載することで、まさかの1kg切り。他社の追随を許さない、圧倒的な取り回しと解像感を実現したわけです。お客様が先日お求めになった24-70mm f/2.8 S Ⅱと組み合わせれば、まさに『完全無欠』。昨日までの完璧な布陣が、一夜にして『広角から中望遠までしか撮れない不完全な布陣』に成り下がってしまいましたね」

    「そうなんだよ! 望遠が足りないんだよ! なんで昨日教えてくれなかったんだよ!」

    「昨日申し上げましたでしょう?『光を求める欲求は無限である』と。ニコンは常に、その欲求のさらに先を行くレンズを創り出してしまうのです」

    あなたは頭を抱え、昨日と同じように奇声を上げそうになっている。

    「買う……買うしかない。でも、どうしよう。もう下取りに出せるレンズは1本も残ってないぞ……。Plenaを売るわけにはいかないし、MC105mmも、ノクトンも、24-70mmも絶対に必要なんだ……!」

    「素晴らしい決断です。手持ちの資産を削らずに新たな戦力を迎える。それこそが真の『沼の住人』の流儀でございます」

    私はカウンターの奥から、美しく印刷された予約票と、ニコンロゴの入った高級なボールペンを静かに差し出した。

    「お値段はおそらく、40万円台半ばといったところでしょうか。発売日は春の撮影シーズン真っ只中。今すぐご予約いただければ、初回ロットで確実にお渡しできますよ。分割払いのご相談にも、喜んで乗らせていただきます。……さあ、ここにサインを」

    「悪魔め……! お得意様割引もなくニコンダイレクト価格で買わせる気か……!」

    「いいえ、私はただの『ニコンを愛するカメラ屋さん』でございますよ。最高の機材で、お客様に最高の春の光を撮っていただきたいだけなのです」

    あなたは震える手でペンを握り、深く、深くため息をついた。 その顔は絶望しているようでいて——どうしようもなく、写真とカメラを愛する人間の喜びに満ちていた。

    「……予約、ひとつ頼む」

    「かしこまりました。毎度ありがとうございます」

    私は深くお辞儀をした。 春の陽射しが差し込む店内。防湿庫の平穏は、たった1日で崩れ去った。 しかし、これこそが真のハッピーエンドなのだ。 カメラ沼に「完」の文字はない。ただ、果てしなく続く「第二部」の幕が、今、高らかに上がったのである。


    設定資料(持っているレンズの擬人化・三面図)

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    NOKTON 40㎜ f1.2ちゃん。大和撫子(小柄)
    正妻。あまりにも素晴らしいレンズ。
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    24‐70㎜ f2.8 S Ⅱちゃん。カメラマンの助手(相棒)
    試し撮りの1度しか使っていない。
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    135mm f1.8 S Plenaちゃん。youtuber写真家(女)
    レンズ擬人化のきっかけを作った女神
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    MC105㎜ f2.8 VR Sちゃん。植物園の研究者(姉)
    MC50㎜という妹がいる。


    リアルでの集合写真。

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    ようやく沼を抜け出しました。そして新たな沼が現れます。

    ※本記事はプロモーションを含みます

     
     
    カメラ沼の住人。愛機のハッセルブラッドX2DⅡ、シグマFP2、OM PENとともに、のんびりフォトウォークや美術館巡りを楽しんでいます📷写真や機材についての試行錯誤や、日々の視点を気ままに綴っています。 ※Amazonのアソシエイトとして、永遠丸は適格販売により収入を得ています。

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