
横浜美術館「マリー・アントワネット・スタイル」で美と繁栄、革命の歴史を体験した話~人間にとって本当の意味での「自由」とは何なのか
こんにちは、水無瀬あずさです。なんだかとってもご無沙汰しております。
9月から10月初めにかけて、仕事もプライベートもフルスロットルに働きすぎた結果、落ち着いてきた中盤からすっかり腑抜けておりました。なんですかね、燃え尽き症候群っていうやつ。

なーんにもヤル気がおきなくて、いや別に普通にエンジニアもライターも仕事はしていたんですけれども、それ以外のことにまったく手がつけられなくなっていました。これについては月報で書く予定ですが、人間なにごとも適度に手を抜かなきゃいけないよねっていうのを痛感した今日このごろです。
さて今回のnoteは、腑抜ける直前に夫と二人で出かけた横浜美術館の「マリー・アントワネット・スタイル」の感想をまとめます。今書くタイミングなのかって感じだけど、なんかもう伸び伸びになっちゃってるので慌ててまとめている次第!
展覧会としては非常に興味深く、いろいろと考えさせられることも多かったよなということで、備忘録として残しておこうと思います。開催は11/23までなので、興味のある方はぜひ実際に足を運んでみてくださいね。最後までよろしくお付き合いくださいませ!
「マリー・アントワネット・スタイル」とは
10月30日現在、フランスで高校生が教育環境の改善を訴えたデモ活動は暴動や略奪にまで発展しており、依然として収束する気配がない状況です。
フランスといえば、私も若い頃に旅行に行ったことがありますが、ファッションとグルメの洗練された街であり、歴史と文化が美しく融合した場所だったはず。歴史的建造物も破壊されたりしているニュースを見るにつけ、歴史を愛する者としてはとてもとても胸が痛みます。
そんな状況なかで、フランス革命の象徴であるマリー・アントワネットの話を書くのもどうよ?と思わなくもないんですが、一応言い訳をしておくと、私が行った10/10はまだ暴動も起きていなかったときなので・・・何というかこう、大目に見てもらえればと(何を)。
さて、ということで、我らが横浜美術館で開催中の「マリー・アントワネット・スタイル」!都内ならともかく、横浜でこんな大きな展示があるのって、結構珍しいことだと思うのですよ。嬉しいねえ!
そんな「マリー・アントワネット・スタイル」は、フランス王妃マリー・アントワネット(1755–1793)の美意識と、その影響をたどる展覧会です。

装いやインテリアに独自の感性を発揮したマリーは、当時の流行をけん引しました。そのスタイルは、現代のファッションやデザイン、映画にも受け継がれています。
会場には、ドレスやジュエリー、家具、絵画、版画、写真など、日本初公開の作品を含む約200点が集結。新しい流行を生み出した王妃の人物像に触れながら、彼女のスタイルが今も人々を惹きつけ、創作のヒントとなっている理由を探ります。

ロンドンのV&A(ヴィクトリア&アルバート博物館)が企画した世界巡回展をもとに、国内の関連作品も加えた、日本ならではの展示構成も特徴です。
「マリー・アントワネット・スタイル」を見て感じたこと
実際に会場を訪れてみてまず感じたのは、お客さんが圧倒的に女性だらけだったこと。うちの夫もそうですが、男性はおそらくパートナーに連れられて来たんだろうなあという方がほとんどでした。
逆に女性は皆さんすごい熱量で(コスプレの方もちらほら見かけた)、ドレスや宝石を見てキャー!すごーい!と大はしゃぎしている方も見かけました。展示室ではお静かに・・・。
あと私が行ったのは10/10(祝日)でしたが、オンラインチケット購入済みでも入場までに1時間ほど並びました。これから来場する予定の方は、お時間に余裕を持ってお出かけくださいね。並ぶ時間は横浜美術館公式サイトのXで確認できます!
時代背景の理解で、楽しみ方が大きく変わる
マリー・アントワネットと聞くと、みなさんは何を思い浮かべますか。私は断然ベルばらなわけです。高校生の時に、友だちから文庫版を借りてめっちゃハマりました。
私にとって、マリー・アントワネットという女性は、つまりその程度の理解しかありません。他国から嫁いできたわがままなお嬢様で、恋に堕ち、振り回され、翻弄された女性。正直あんまり友だちになりたくない人。
でも史実としてはおそらくそんな理解では足りないんだろうなというのも分かっていたので、「マリー・アントワネット・スタイル」に行く前に、事前学習をしました。お供はもちろんChatGPT(余談だが私は絶対にチャッピーとは呼ばない。チャッピーというとパプワくんを思い出すから)。
まず事前知識として入れておきたいのが、時代背景です。マリー・アントワネットが生きた時代は18世紀後半のフランス。国王と貴族・聖職者が特権を持つ「アンシャン・レジーム(旧体制)」の末期でした。
王侯貴族は華やかな宮廷生活を送り、一方で庶民には重い税負担があった
戦争費用、とくにアメリカ独立戦争への支援などで国家財政は悪化
不作によるパン価格の高騰も重なり、「ぜいたくな宮廷」と「苦しい民衆」の落差への不満が爆発した
1789年にフランス革命が始まり、王家は権威と自由を次第に失った
つまり、今回の展示で見られるようなマリー・アントワネットの豪奢な衣装や室内装飾は、単なる「かわいい」「きれい」ではなく、当時の社会の不公平さを象徴するものとしても見られてしまったわけですね。確かに庶民からしたら「こっちは貧しくて死にかけてるのに、アイツらチャラチャラ何やっとんねん!」ってなるよね・・・。

こういう一つ一つが庶民の怒りを買ったんだろうな
次はマリー・アントワネットについて。
マリーは1755年、オーストリアのハプスブルク家に生まれました。フランスとオーストリアの同盟を強めるため、14歳でフランス王太子ルイ16世と結婚し、異国のヴェルサイユ宮廷へ入ります。なお、フランスは長年オーストリアを敵視してきたため、最初から「よそ者」として見られやすい立場だったのがポイント。
そんな中でも、マリーは明るく社交的な正確で、音楽・演劇・ファッションが好きな人だったといいます。ヴェルサイユの細かく息苦しい儀礼にはなじめず、親しい友人と過ごせる私的な空間を求めました。王妃の私室やプチ・トリアノン(ヴェルサイユ宮殿の敷地内にある小型の離宮やその周辺)は、その「公の王妃」から少し離れて暮らしたい願いの表れなんだとか。
一方で、流行への強い関心は批判も招きました。仕立屋ローズ・ベルタンらとともに衣装や髪形を工夫し、王妃自身がトレンドをつくる存在になったのです。今でいうファッション・インフルエンサーに近い面があります。今でいうと、由緒ある家門のお嬢様インフルエンサーがインスタで映え投稿を連発して、あちらこちらで炎上しているような感じ?

マリー・アントワネットの肖像
ただ、「浪費家の悪女」として批判の的となったマリーですが、彼女のせいでフランスの財政破綻を招いたわけではないんですよね。戦争や不公平な税制などの背景があって、国の借金が嵩んだのが大きな原因です。まあ彼女にぜいたく好きな面があったのは事実のようですが。
さらにマリーはフランスから見れば外国出身の存在であり、とりわけ目立つ装いをしていたため、格好の攻撃対象になってしまいました。
1785年に起こった「首飾り事件」では、彼女は詐欺に直接関与していなかったにもかかわらず、世間には「王妃が高額な宝石を欲しがった」という印象が広がりました。
首飾り事件(くびかざりじけん, 仏: Affaire du collier de la reine)は、1785年、革命前夜のフランスで起きた詐欺事件。
ストラスプール大司祭であり神聖ローマ帝国選帝侯であるロアン枢機卿が、高価なダイヤモンドの首飾りを入手するために王妃マリー・アントワネットの名を利用したためにバスティーユ監獄へと送致された。

(展示で実際に見れます)
有名な「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」も、マリーの発言だった確かな証拠はないとされています。歴史に尾ひれがついて、いつのまにか浪費家・淫乱・売国的な「オーストリア女」という偶像が作り出されていったわけですね。人間って怖い・・・。
革命後半のマリー・アントワネットは、優雅な「浪費家の王妃」ではなく、夫と子どもを失いながら政治的な責任を問われた囚人でした。時系列はこんな感じ。
1774年:ルイ16世の即位により王妃となる
1789年:フランス革命。民衆がヴェルサイユへ押し寄せ、王家はパリへ移される
1791年:王家が国外逃亡を試みるも、ヴァレンヌで発覚
1792年:王政廃止、王家は拘束
1793年:ルイ16世が処刑され、マリー・アントワネットも10月に処刑(当時37歳)
要するにマリー・アントワネットは、時代遅れの王政に生まれた無邪気な浪費家でも革命の純粋な犠牲者でもなく、政治のために嫁いだ10代の少女が、宮廷・世論・革命の渦にのみ込まれた人。後世になって時代の変化によって少しずつ評価が変わってくる点も、非常に興味深いところだと思います。
・・・と長々と解説してみましたが、そういうのを理解したうえで展示を見てみれば、単純に「かわいい!」「ぜいたくだったんだな」ではない、歴史の産声が聞こえてくるようです。おかげで私は現地でとても楽しめました。

時代背景を想像しながら見れば違うように映るかも
これから「マリー・アントワネット・スタイル」に行く予定の方はぜひ、事前に少し時代背景などをチェックするのがおすすめ。「ああ、だからこういう描かれ方をしているんだな」っていうのが分かると、展示をより楽しめると思います!
ドレスも装飾も、今の「カワイイ」に通じている
展示の始まりは、マリー・アントワネットの豪華なドレス。「マリー・アントワネット・スタイル」は順路なく自由に見て回れますが、ドレスの一つ一つを見るために長い行列が出来ていて、まさに今回の展示の花形!という感じでした。(ぶっちゃけ最初にこれを出すなよ混むだろうがと思ったけど)
あちらこちらで「かわいい!」という声が上がっていましたが、確かにそう。200年以上前のアイテムたちなのに、なんていうんでしょうか、普通に「カワイイ」って思えるデザインなんです。それがなんていうかすごい。
当時はおそらく奇抜なデザインだったのではないかと思うと、そのセンスというか嗅覚というか、やはり普通の人ではなかったんだろうなと感じます。

シルエットもすごいカワイイ!

カワイイけどなんかマタニティみたいだよね・・・

めっちゃカワイイ!

形も模様もカワイイ!
あと、写真見ていただければ分かると思うんですけど、全体的に色調が目に優しいですよね。自然色というか。終わりがけに「現代のファッションショーでもモチーフとして使われた」みたいな展示があったんですが、まあショッキングピンクとかが目に痛くて。なるほど、化学物質を使わないと色調も全然違うんだなあと感じたなど。
まさかの漆?日本文化との融合
マリー・アントワネットは日本の漆を愛好していたんだそうで、展示では香箪笥や書見台なども展示されていました。この場所はドレスに比べて人が少なかったのがちょっと面白かったです。

おおよそフランスらしくない雰囲気
漆の知識は、母マリア・テレジアから受け継いだものだそうです。そんな頃から、日本の文化がヨーロッパに存在していたことがなんだか不思議。マリーは日本の漆器を用いた家具をパリの骨董商に注文していたんだそうで、そんなに好きだったんだなあと驚きました。
同時期の日本は、江戸時代の中期。まだヨーロッパ文化が全然入ってこない鎖国の時代から、実は日本から遥かに離れたところで文化融合が起きていたなんて、すごく興味深いですよね。
どないなっとんねん頭
中盤でひときわ目を引いたのが、貴婦人の頭髪を描いた絵画です。結髪師がマリー・アントワネットのためにさまざまな髪型やプフと呼ばれる髪飾りを考案したんだそうで、頭がなんというかこう、大変なことになっています。前衛的すぎる。

これが当時の最先端ヘアらしい。
「どうして誰も止めなかった!?」って感じじゃないですか。針金やクッション、馬毛、つけ毛を使って髪を高く組み、羽根・花・果物・リボン、ときには船まで載せたっていうから、正気の沙汰ではない。絶対重いやん・・・。これでさらにコルセット着けてハイヒールをはくとか、一体どんな苦行?貴婦人になるのって大変なんだなあ・・・。
展示には、プフが「んなアホな」と嘲笑の対象だったことを示す風刺画が混ざっていたようなのですが、オリジナルもどっこいどっこいやでえ。と思ったなど。

やりすぎ。

やりすぎ。
煌びやかな装飾が落とす暗い陰
前提知識のところで触れましたが、マリー・アントワネットはその振る舞いやファッションが民衆の反感を買って炎上状態になり、それはそれは激しいバッシングを受けました。どのくらい激しかったかが、風刺画などの展示で見て取れます。

マリー・アントワネット
(ハルピュイアは「ペルソナ5X」で出てくるから知ってる!)

ってかこれ普通に誹謗中傷だよね

惰弱な王を支配する悪女というレッテルが貼られている
なんだろうか、風刺を通り越しているほどひどいのがすごい。王族に人権はないぐらいの勢いで貶めているところに、当時の民衆の怒りが見て取れますね。
新聞や小説、演劇など、とにかくスキャンダラスに紹介されるマリー・アントワネットの生活。マリーも母マリア・テレジアに対して「新聞記者や小説家のほうが、私以上に私をよく知っているようね」と漏らしたとか。もう何でもありで対処のしようもなかったって感じなのかなあ。
もしかすると、マリー・アントワネット本人としては、特に贅沢をしたわけでもわがままを言ったわけでもなかったのかもしれない。「少し自分らしく暮らしたい」と振る舞い、自然体の暮らしや親密な人間関係を求めただけだったのかもしれない。

庶民からすれば一級品で、「ただの贅沢」だもんね
でも貧困と不満が深まる社会では、王妃だけが身勝手に贅沢を楽しんでいるように映った。さらに外国人嫌悪とデマが重なって、反感が「国を傾ける悪女」という物語にまで肥大化してしまった。まさに時代に翻弄されたといえるほどの激動の人生だったんだなあと、展示を通してしみじみ感じました。
時を経て、自由と豊かさの象徴となった意味
展示の中で特に興味深かったのが、時代とともに変わっていったマリー・アントワネットへの評価です。
生前あれほど浪費を批判され、処刑にまで追い込まれた王妃が、後世になって貧しくなると、失われた豊かさや優雅さを懐かしむ対象になっていく。同じ人の同じ生き方でも、見る側の暮らしや価値観によってこんなにも意味が変わるのかと驚きました。
舌先乾けばなんとやら、あのころは良かったみたいなやり玉としても利用されたってことだもんね・・・マリーとしては、やりきれない気持ちなんじゃないかと思いを馳せたり。

マリー・アントワネットに傾倒し
プチ・トリノアンで史上初のアントワネット展を企画したり
アントワネットが着たドレスと同じデザインの
ドレスを作ったりしている
そう考えると、そもそも「自由」というのは、一定の不自由があるからこそ輝くものなのかもしれなません。現代でも「なんでも好きに選んでいいよ」って言われても積極的に選べなかったりする。自己責任とか言われて、選んだ責任を課されるから。きっと限られた選択肢の中から選ぶほうが、選びやすい。
じゃあ結局本当の自由って何のかって考えたら、それはきっと「不自由さを押しつけられた人にとっての理想」であり、でもそれが当たり前になったら逆につらくなっちゃって。だからこそ歴史は繰り返すってことなのかなあ。
マリーは、不自由な時代における自由の象徴だったのだろうと思います。だから不自由を強いられている人には許せなかったし、後世に自由を手に入れた人にはより輝いて見える。歴史の評価が変わっても、マリー本人は自分らしさの表現者たる人間でありたかっただけなんだろうなと思うと、やるせないというか、何とも言えない気持ちになるものがあります。
結び
横浜美術館の「マリー・アントワネット・スタイル」は、フランスの革命史やファッション史、そして自由と尊厳について学びを深める貴重な機会でした。仕事が忙しくて「行けないかも」と危惧していたけど、頑張って行ってみてすごくよかったと感じました。
一緒に行ってくれた夫は、歴史は大嫌いという人ではありますが、「知らないことに触れられる機会」として同行してくれました。同じようにChatGPTで事前学習をしたからか、帰り道に「分からないなりに楽しめた」と言ってくれていたので、ぜひ歴史が苦手という方も足を運んでみていただければと思います。
ひさしぶりに文章を書いてみると、やっぱ楽しい。書くのって、活力だよね。今まだリハビリ期間ではあるんですが、無理せずにぼちぼち、每日を過ごしていきたいと思います。
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