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ウソをつかないコツは?

    ウソって、ついたこと・・・・・・ありますよね。

    人生で一度もウソついたことのない人なんて、いないはず。

    ウソをつくかつかないかで悩んだり、またはついたあとで収拾がつかなくなって、どうしよう、と思う方も多いでしょう。

    さらにウソがバレたときのバツの悪さも大変です。

    ただ、ウソについては価値観が違ったり考え方が違ったり、また場合によって、といろいろあります。

    ウソも方便というようなことわざもあるくらいですし。

    英語でも同じように、white lie (白いウソ)と言って特別他意・悪意のない、ちょっとしたウソ、という表現もあります。

    ほかにもエイプリル・フールなど、ジョークで堂々とウソをつくことも。

    これはこれで楽しいものだったり。

    ポイントは、ウソをつくことについて、あなた自身の意見はどんなものでしょう。

    「ウソ」についてのイメージは?

    また、ウソをついたときに自分がどう感じますか?

    ウソはとにかく良くない。

    それとも、場合によっては仕方がない、必要なものと思うか。

    ウソをつくと自分が苦しくなる。

    後ろめたい。

    だからできるだけウソはつきたくない、など。

    このあたりの考え方が分かれ目ですね。

    ドストエフスキーは、「人間はどんな時でも他人にだまされるよりは自分で自分に嘘をつく場合のほうが多い。」と言っていましたが、見せかけだけのやる気を出しても、本音ではやりたくないと思っていればそれは長続きしません。

    本音と行動が一致していれば、無理してやる気を出そうとしなくても、自然とやる気になってくるから、偽りのない自分の本音を語ってみることが大切だよね。

    ただ、そもそもウソをつく必要性のあるときは、どんなときでしょうね?

    あなたがウソをつく理由は?

    たとえば、相手を傷つけないため、怒らせないためとか。

    自分を守るため、とか。

    確かにときにはウソが一番無難に見えるときもあるかもしれません。

    傷つけないため、怒らせないため、というようなとき相手を考えているようでいて、実は自分のためだったりもします。

    つまり、自分が相手を傷つけて、怒らせて嫌われたらどうしよう、とか。

    そして、ウソをつくのがいいかどういかの判断はどんなものでしょう。

    人それぞれ、またケースバイケースでいろいろあるでしょうが、ひとつの基準とはしては、ウソはつかないほうがいいし、まずは自分が楽なはず。

    この点について、ドストエフスキーは、「人生において何よりも難しいことは、嘘をつかずに生きることだ。そして、自分自身の嘘を信じないことである。」と言っていて、何をやりたいのか、今どうしたいのか、何を手に入れたいのか、見栄や見せ掛けではない、本当の気持ちを表してみることがたいせつなんだけど、なかなか素直になれない自分がいたりします。

    自分の気持ちに正直に、素直になって考えてみれれば良いのだけれど、ウソをつきだすと、それをカバーするためにまたウソをつく、というような悪循環を引き起こして収拾がつかなくなるのはよくあることです。

    ウソが独り歩きすることもありますよね。

    人間はウソに対してどうしてもどこか後ろめたさがあります。

    もちろん、平気な人もいるし、カルチャーとしてそれが普通なお国柄などもあるかもしれません。

    だから、もしウソが全く平気ならまあそれはいいですが自分の中でどこかしっくりしないなら、やめておくこと。

    ウソをつかずに済む別な考え方としては、罪悪感を感じずにこちらの考えを伝えるスキル、境界線を引いて、できないことはできない、という断るスキルを持つことです。

    つまり、ウソうんぬんの前に、嫌われたくない、という気持ちを処理したり、断ることなどへの罪悪感をなんとかすれば、ウソをつかないですみます。

    ウソをつく理由を考えると、相手がどう思うか、どう受け取るかが気になって。

    そのためにウソをつきやすくなるのですから。

    相手にどう思われるかへのこだわりを手放せば自然とウソの必要性も減ります。

    ところで、ウソの反対は、真実や正直、というものですが、正直=すべてを話す、というわけでもないことを覚えて置いてください。

    正直な人でも、すべてを言う必要はない。

    ウソをつかない=すべてを話す、ということでなくてもいいのです。

    単純な例で行くと、何かのお誘いを断るとき。

    正直な人の場合、断る理由をすべて話そうとしたりしてとつい言い訳じみてしまいます。

    でも、日本語には、非常に便利な表現があり、「都合がつかない」なんて一言で片付けることもできます。

    また、「今日はちょっと・・・・・・」なんて表現で察してもらえたりもしますね。

    この一言があれば、これで行きたくない、先約がある、体調が悪い、残業がある、など、すべてひっくるめることができます。

    これで「えー、どうして?なんで?」といってくる人もいるかもしれませんが、他人のなぜを知りたいニーズを満たす必要もとくにありません。

    最近はメールという一方通行の断り方もできて便利です。

    便利なものを使わない手はありません。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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