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心に突き刺さる言葉

    周りの人たち、とくに家族や友人たちの言葉って、ありがたく嬉しく、と思いきや、ときにうるさかったり、遠慮がない分、グサ~っと心に突き刺さることもありますよね。

    ぐさ~っとくるのは、傷ついた・・・・・・と思った言葉に真実があったりするからなのかもしれません。

    ぐさ~っと、なんて書くと笑い話のようにも聞こえますが、実際には言葉が突き刺さったのが引き金となって落ち込んだり悩んだりすることはよくあること。

    ちょっと落ち込む、悩むくらいですむならいいですが言葉は人を生かしもするし、殺しもします。

    たった一言でどん底から立ち直る人もいれば、たった一言をきっかけに、病気にもなる人もいるし犯罪に走ったり、薬やお酒などに依存したりする人もいるでしょう。

    もしかしたら、その一言が同じときもあるかもしれません。

    言葉は使い方次第で違いを生むので私たちも気をつけたいのですが、問題なのは、そのつもりがなくても人を突き刺してしまう言葉を発するときもあることです。

    いくら気をつけていても、相手の状態次第で突き刺さる言葉に聞こえてしまうかもしれないのです。

    つまり、私たち自身も、心や身体の状態によっては周りの何気ない一言が突き刺さることもある。

    このあたり、自己防衛のスキルを身につけておけばたとえ突き刺すような言葉がやってきても、自分で自分を守ることができます。

    自分の心は最終的には自分で守るものですからライフスキルとしてぜひ身につけたいものです。

    まず、あなたの周りにいる人であるなら、意図的に傷つけようとしたわけではない、と理解しましょう。

    ほかに良い方法を知らない、よい表現方法を知らない、違う考え方があることを知らない、という意味合いで、だからそうした言葉が出てきてしまった、というところ。

    たまに確信犯もいますけれど、たとえそうだとしてもその人も、もっとよく知らなかっただと見てみます。

    つまり、残念だけれど、言葉で人を突き刺すことしか思い浮かばなかった、知らなかった、ほかの方法で何かを伝えられるよう考える余裕がなかったのです。

    人を傷つけるような言葉を意図的に言うときはその人の状態も良いものとはいえません。

    コンディションが悪いときは、人は普段なら考えられないことをやったりするものです。

    意図のあるなしにかかわらず、確かにぐさっと突き刺さるので、痛いは痛いのですが、傷つけられたと受身に考えないことも大きなポイント。

    傷つく傷つかないは、無意識に自分で選択している、ということも理解しましょう。

    つまり、傷ついたと思えば傷つき、傷つかないと自分で決めれば傷つかないのです。

    これ、始めはよく理解できないコンセプトかもしれませんが、そうかな?と改めて考えてみると、本当だから不思議。

    自分の感情は無意識に選んでいるものだからです。

    なら、意識すればもっと自発的に選べるようになる。

    受身でいるのではなく、投げられた言葉に自分を突き刺させない、と能動的にもなれると考えれば力も沸いてきます。

    さらに、突き刺さった言葉に真実もあるな、と冷静に見られる余裕があるなら、その余裕に感謝し、冷静に見られる自分を認めてあげてください。

    さらに真実が見える自分に何ができるか、に意識を向けて、実際に小さなことでいいですからやってみましょう。

    それだけで、受身でいるのではなく、自分から積極的に動く選択をすることになり、おのずと結果も違ってくるはずです。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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