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【演奏家によって再現される芸術】マニアがやっていること

    同じクラシック音楽を楽しむのでも、少しばかり、熱中度の高い、所謂、マニアの方々は、特に、演奏の違いに関心をもつ人が多くいらっしゃいます。

    作品や作曲家に興味がある人からすると、いささか、うるさ型とも見える彼らですが、一体、どんな風に、クラシック音楽にアプローチしているか、とても参考になると思います。

    これは、もしかすると、自分の将来を想像するようで興味があるという人も、いそうですよね。

    全員が、そうだとは、もちろん、断言できないけれど、ここで、大ざっぱに、彼らの実態を、ご紹介しておくなら、同じ曲について、少なくとも、数種類の演奏を聴く(ナマ、CDを含め)くらいの努力、あるいは、経験をしていると考えられます。

    結果として、自分なりに、演奏の良し悪しについて判断できる耳、一家言をもっています。

    判断の前提となるべき音楽史、楽器、スコア、作品、作曲家等に関して、ある程度の知識をもっています。

    いや、時には、そうでない人もいるかと思われますが、これは、説得力に欠けることを言うので、直ぐに判ります。

    指揮、ピアノ、ヴァイオリン、或いは、交響曲、独奏曲、室内楽曲、といった楽器や、ジャンルのどれかに傾いている様です。

    或いは、どれかを得意にしている。

    まんべんなく詳しいという人は少ないと思います。

    演奏者、曲目の多さから、これは当然のことでもあります。

    気に入った演奏家が見つかると、その人のCDなりは、 大抵集めています。

    フルトヴェングラー、トスカニーニ、ワルター等、往年の名演奏家と言われる人たちを、狂信的にもち上げる人がいます。

    その分、新人たちには、概して冷たい対応。

    演奏家の現況・去就について、やたらに詳しいのも特徴的な一面だと思います。

    ナマ演奏のコンサートも適当に行く。

    少なくとも、5枚以上のレコード(CD)をもっている。

    とまあ、以上のような点で共通しているのが、マニアと言われる方々の一面ではないでしょうか。

    全体としては、個性的な演奏家と同様、その人ならではの強烈な好み・主張を打ち出して、簡単に、譲ることがない。

    そのために、外見的には、ちょっと嫌味な、鼻もちならない奴、うるさい奴と思われることもあったりします。

    しかし、まあ、クラシック音楽が好きでたまらないのは確かですよね。

    今、そうなりかけている人、これからそうなる人。

    自分は、どんなマニアになりたいか。

    音楽との関係、他人との関わりを含めて、あらためて考えてみては如何でしょうか。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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