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やっていることには意味があると信じてみる

    あなたが仕事であれ、そのほかのことであれ自分がやっていることは、何か意味がある、と確信できますか?

    たとえば、私のやっていることは誰かにとって役に立っている、とか、誰かにとっては意味のあること、誰かの助けになっている、というような確信です。

    人は、自分のやっていることに意味を見出したいもの、自分が貢献しているとわかることは楽しいことです。

    だから、そんな確信があれば、モチベーションにつながったり、喜びにもつながって、さらに意味も増してきます。

    私が思うには、それぞれの人がやっていることは思っているよりも、本人がそうと知らなくても意外に意味がある、ということです。

    なので、もしあなたが私のやっていることなんて、意味もないし、感謝もされない、と思うなら、一度見方を変えてみてください。

    たとえばやりたくないことをまかされたとします。

    やりたくないことをやるのは、モチベーションをキープするのが大変。

    パスできるならいいけれど、仕事や家の都合などそうできないときもけっこう多いものです。

    ひとつの見方としては、私がやりたくないことをやるのにも、意味があり、これで誰かの役に立てるのかもね、と見てみること。

    それだけで、気分は少し違ってきます。

    もちろん、その間にほかのやりたいことをアピールするなど、やりたいことをやれるように自分でできることはやっておくと良いですね。

    でも、意味があると信じていることで結果が変わってくるから不思議。

    「真実の中には、個人的な経験を経て初めて本当の意味が理解できるものも多い。」J・S・ミル(哲学者)

    分かっているつもりでも、どれだけ事実として実感できていて、自分の中で受け入れているのかによって、その先の行動は全く違ったものになってきます。

    時には、立ち止まって、表面的な建前ではなく、本当に意味することが、理解できているのか考えてみることも必要ですね。

    例えば、私事で言えば、ブログやnote、そして、instagramに、毎日、何を書くか緻密にプランしているわけではなくて、どちらかというとランダムで、思いつくこと、頭をよぎることなど書けることを書きます。

    それが、誰かにとってタイムリーな内容になるはず、私がふと思いつくことには何か意味があると信じて書いています。

    なので、内容や構成がどうの、ということにはそれほど注意を払わず。

    だから続いているのかも。

    私の記事が誰かにとってタイムリーだなどと、読者の方がどういう状況にいるかなんてわからないし根拠もない確信ですが、そうしていると確信は現実になり、さらに確信できるようになりました。

    それから、読んでくださる方にも、それを受け取る力があるのですよね。

    今日の記事は私にとってタイムリーな内容だった、と思えるのは、受け取る側の力でもあるのです。

    だって、どんなにメッセージを送ったって、受け取るほうにそのメッセージを見い出す用意、準備がなければ無意味です。

    だから、その受け取れる力のある人、準備のある人が読んでくれている、その準備のある人たちが記事を見つけてくれるだろうと確信しています。

    で、実際そうなっています。

    これは私にとっても意味のあることです。

    「人生の意味とは、自分がやりたいと思うことをすること。」パウロ・コエーリョ(作詞家)

    そうそう、当たり前で単純なことだけれども、これができている人は少ないですよね。

    自分がやりたいということがあるのか、いまできているかを考えてみることがポイントです。

    難しく複雑に考えずに、純粋に自分がやりたいことを実行してみた方が楽しいなって、そう考えています。

    毎日私がランダムに書いていることにさえ、誰かにとって何か意味があるのなら、他の人がやることも同じ。

    あなたのやっていることも、自分も含めて、誰かにとって意味があるはず。

    そう思って、普段やることにエネルギーを注いでみてください。

    森博嗣さんのエッセイの中で、以下の様に、ここへ来てよかった、という肯定こそ、幸せの手法であると書いていましたし、ね。

    『幸せというのは、このように小さなものを見つけて拾い上げることだ。いつも探していれば、どこにでも落ちている。探さなければ見つからない。見つからないから、自分が不幸せだと思いこむ人が多いように見受けられる。後悔というのは、過去にまで遡って、不幸せを探しているようなものだから、幸不幸どちらも、結局は本人が探して見つけているという点では同じだ。歩いているのは、誰でも一本道。そこに落ちているものも大差はない。拾い上げる目と手が違っているだけである。』(森博嗣さんのエッセイ「つぶさにミルフィーユ」という作品から引用。)

    『小さな幸せというのは、毎日どこかで必ず見つかるものだ。』(森博嗣さんのエッセイ「月夜のサラサーテ」という作品から引用。)

    自分のやることに違うエネルギーを注げば、戻ってくるエネルギーも変わりますから、いずれ結果も変わってきますよ。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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