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人と衝突してしまったら

    誰かと喧嘩したり衝突したりするとき、どう解決していますか。

    人とぶつかるとは物理的にぶつかるのではなくて意見や考え方がぶつかったり、何かで対立したり喧嘩したり、腹を立てたり気分を害したり、なんていうとき。

    人間なら、誰かと衝突する経験など、子供のころからいくらでもありますね。

    相手が許せないときもあれば、また自分が許せないときもあって、許せない気持ちが残ってしまうと本当に後味の悪いものです。

    ほかにも、誰かを責めたり、罪悪感を感じたり批判したり、対立したとき、喧嘩したときに出てくる感情はけっこうドロドロしています。

    またどちらが正しい・間違っている、どちらが悪い、良いというお話まで出てきてしまうことも。

    対立しているときなんてどちらが悪いとか言い出しても、お互い自分が正しいと思っているから、大変です。

    人と喧嘩したりぶつかったりしたとき、自分の心の平和を取り戻す一番の近道は、やはり許すことです。

    許せないときに、許すなんてどうやったらいいんだろう、と多くの人は思うものですが、コツはあります。

    それは、許せない相手の中に自分を見つけてみる、というもの。

    つまり、衝突しているときって、私はあの人とは違う、とかなんで私と同じように考えてくれないんだろう、とというように切り離して考えてしまうけれど、よく考えてみれば、そうではないと気がつくことです。

    たとえば、みんな同じように自分が正しくありたいとか、愛されたいとか、認められたいとか、そうした気持ちを持っている、なんて見てみるとどうでしょう。

    対立はしていても、自分が正しいと思っているところは同じだったりします。

    また、相手に自分を認めさせたい、自分の考え方を取り入れて欲しい、と思っているところも同じです。

    ほかにも、考えてみると、共通点はいっぱいあるはず。

    そうして考えると、相手を憎む、許せない、というのは逆にとても困難なようになってきます。

    共通点があれば、対立するよりももっと話し合ってみようという気持ちにもなります。

    そういえば、以前聞いたダライ・ラマの言葉にも「私たちはみんな同じ人間で、みんな同じものを欲しいと思っている」、という言葉がありました。

    喧嘩や対立のお話から、人間はみんな同じだから許そう、というのは話が大きいような気もします。

    でも、話が大きいのは要点を説明するためで基本は同じ。

    それに、普段から許すトレーニングをして慣れておいたほうがいいのです。

    許せない気持ちにとらわれてしまうのはとても簡単。

    その上、許せないときの自分の消耗度と言ったら、とても勿体なくて。

    おまけに許せなくても、その許せない相手はちっとも困らないのです。

    つまり、許せない許せないとひとりよがりになってしまうことも多いはず。

    相手を責めても、相手に罪悪感を感じさせるくらいはできるかもしれませんが、自分が気分が悪いのにはまったく変化はないはず。

    自分が気分が悪いのは、許せない気持ちを持ち続けているからです。

    相手の中に自分と同じものを見つけたら、許すことももう少し身近になります。

    見つけようと思ったらいくらでも出てきます。

    人とぶつかったり対立したときは、そうして自分の心の平和を取り戻す道を探ってください。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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