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【川柳(その3)】「目を閉じても見えるひと」

    「「無言」無声ほんの一瞬のラブレター」

    みんなの俳句大会(白熊杯)でうつスピさんが詠まれた句、

    「ねぇ聞いて雪降る音を心音を」

    を、こう鑑賞させて頂きました。

    ・・・

    この句を詠んでいたら。

    ふっと、GReeeeNの「雪の音」が浮かんできました。

    私のコメントは、この歌が、代筆して頂いている様です(^^♪

    GReeeeN「雪の音」

    「ねぇ聞いて」には、どうみても「両片思い」なのに、関係を壊すことを恐れて伝えられずにいる心音を感じます(^^♪

    伝えたいのに伝えられないもどかしい気持ち。

    胸に秘め続けた心音。

    「雪降る音を心音」は、雪が降って寒くても、アナタの存在で、私の心は温かくなる素直な気持ちと願いが表現されているようです。

    また、「雪降る音を心音」は、どのくらい近くであれば聞き取れるのか?

    1センチメートルくらい?

    それとも1ミリくらい?

    「雪降る音を心音」の裏には、私とアナタの気持ちが、1センチメートルでも、1ミリでも良いので、どうか同じ気持ちであって欲しい願いも込められているように感じます。

    なんだかピュアな気持ちが蘇る気がしますねぇ(^^)

    雪の魔法があったとして、それは、どんなものなのか?

    多分、今回の大会で目にした「雪」達の句の様に、日常を非日常に変えてくれる魔法のようなものかもしれませんね。

    恋愛で悩めるうちが幸せなのかも。

    精一杯の強がりも時が経てば!

    きっと素敵な思い出に変わっていくと信じています。

    この句の2人?が(^^)

    悩みもがきながら、本当の幸せに辿りつけることを願っています!

    ・・・

    前述のMVの40秒くらいから1分53秒くらいのシーンをイメージして詠んでみたのですが、このシーンで思い出すのは、文月悠光さんの詩、

    「まぶたの裏に森を育てて 君という木を閉じ込めている。」(「まぶたの傷口」より引用)

    とか、古い曲だけど、

    松たか子さんの「コイシイヒト」

    とか、誰かを想う主体の心の動きが詩的に描かれている点が似てるのかな?と、感じます。

    目を閉じても見えるひとを、まばたきのたび、記憶に焼きつける。

    半分は、自分に向けて書かれたラブレターの様な感じなのかもしれません。

    シャッターを切るたび、フィルム(心根)に焼きつける。

    ただ、焼き付けた瞬間。

    それは、全て、過去に変わる。

    「チャーハンの写真を撮つてチャーハンを過去にしてからなよなよと食ふ」(大松達知『ぶどうのことば』から引用)

    誰でもがメモの代わりにシャッターを切る時代になりましたよね。

    従来であれば消えて忘れられていった時間が映像に残る時代です。

    写真でも、言語でも。

    撮った、書き留めた瞬間。

    行為者から見れば、それはもはや現在ではなくなっています。

    記録者の立場に立てば記録はすべて過去なんですよね。

    ということは、現在は、表現できないということになってしまう(^^;

    この記事でさえ、既に、過去。

    そういう時間と表現の関係を、端的にあらわすのが、この短歌に書かれた「過去にしてから」の表現。

    この限られた時間の中で、恋を成就させることだけがラブレターの役割ではないとしたら、そこには、なんとしても相手に伝えたい情熱より、ただ「身体を大事に」と、一筆交わし合うだけで通じ合う気持ちの方が、余計な修飾語の数々の言葉に邪魔されずに、確かな様な気がします。

    そうであれば、その言葉さえ剥ぎ取って、例えば、「君が好きだ」と言うかわりにシャッターを押してみた一瞬のみが「現在」ならば、

    「永劫回帰」

    「歳月不待」

    「一日一生」

    等々、一瞬一瞬を大切に生き、言葉以外でも伝える方法はたくさんあるのだということを知っていくことが人生で大切な事のひとつなんだろうね(^^)

    優しさには色んなカタチがあるけど。

    形には残らない。

    でも、自分の心の中で揺るがない一つの指針のように、自分が何かをしたことで、誰かが幸せになってくれて喜んでくれる。

    そのことが一番の自分の幸せであると思います(^^)

    人生はいつか終わりがくる。

    限られた人生の中で、どれだけやりたいことを達成していけるか。

    環境が許さないからとか言い訳して、「人生ってこんなもん」って完結させたくない。

    経済状況や環境などの縛りがない世界だったとしたら?

    本当は、自分は、何に挑戦してみたいのか?

    何を達成していきたいのか?

    今、もう一度自分を見つめ直し、走り出しの重要なところからスタートしてみる。

    走り出す前に、自分が最終的にたどり着きたいところはどこか?

    何を得たいのか?

    どういう気持ちになりたいか?

    達成された時に、どんな感覚が味わえるか?

    明確なイメージをできるだけして、未来の自分を「今」感じる。

    そうしたら、自然と「今の一瞬一瞬の生き方」も変わってくると思います。

    優先順位、行動、習慣、解釈、視点、等々。

    ただひたすら「今」を頑張るのではなく、過去と未来をつないでいる線上の中の点として、今という一瞬一瞬を大切にしていきたいね(^^)

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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