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なぜを知るニーズ

    なんでこの人は、こんな風に考えるんだろう?と他人の思考回路や考え方、見方について理解に苦しむことってありますよね。

    ほかにも、どうしてそうなの?と思うような言動、行動や態度、振る舞い、を目にすることもあります。

    また、どういう引き合わせか、めぐり合わせか、自分の置かれている環境に、どうしてこうなるんだろう?と思うこともあるでしょう。

    世の中を見ると、なぜこんなことが起きているのか、というような不条理もたくさんあります。

    身近な人とのことなら、話し合ってお互いの考え方や見方を確認したり、議論したり、といろいろできます。

    でも、いつもそうじゃないし、その「どうして」に答えがすぐ出てこないこともあります。

    それが自分のストレスになったり、また人間関係をこじらせたりします。

    自分の殻に閉じこもってしまいたくなるときもあるかもしれません。

    なんでの答えに対するこだわりを手放すのがときに一番の解決方法だったりるのに、それでもどうして?なぜ?なんで?と思ってしまいます。

    私はこれを「なぜを知るニーズ」とか、「答えを知るニーズ」と、勝手に、そう呼ぶようにしています。

    つい「どうしてそうなるのか」を知りたい気持ちがあって、だから、そこにこだわりたくなる。

    そして、なぜがわかってやっとニーズが満たされるので納得したり、安心したり、とできる。

    ところが人生のいろいろな場面では、いつもそのニーズが満たされるわけではありません。

    逆に、答えがすぐ出てこないことのほうが多いかも。

    このニーズに振り回されて、疲れるのも大変です。

    でも一番のチャレンジは、このニーズを満たすことよりも、逆に、手放すことにあるかもしれません。

    答えの出ないものに、思いをめぐらせてもエネルギーが消費されるだけ。

    今はわからなくても、いつかわかる日がくると思って。

    今は、なぜにこだわらなくてもいいのだと考えてみるのもいいでしょう。

    確かに昔はわからなかったけど、今ならわかることってたくさんありますよね。

    もし、いつか答えが出ないなら、わからなくてもいいことなのかもしれません。

    また、他人を理解できないとき、考え方や思考回路は、本当にそれぞれで、判断する基準や優先順位、価値観なども違うためそうなってしまいます。

    でも、違うからといってまったく一緒にやっていけないというわけではないことも思い出しましょう。

    たとえば、価値観をチェックするエクササイズをしたとして。

    たぶん、まったく同じ価値観のセットを持ち合わせた方はゼロではないかと推定できます。

    でも、だからと言ってお互いに理解しあえないことはまったくないし、逆に、共感することも多かったりします。

    違うからと言って、それで終わりかというとそうでもないのです。

    価値観などは、なぜ違うかと言っても、答えは「個性」くらいで、そういうものなのだ、と理解するほかは、とくにロジックもありません。

    そんな時は、すこし疑問を投げかけるだけでいいんだと思います。

    知っていることを話すことよりも。

    知らないふりをしたほうが良いことも多くあります。

    それは、「知っている」と「知っていることを聞いてもらえる」の溝の深さに起因しています。

    知りたいニーズはあるけれど、ときに知らなくても大丈夫なんだと思って、わからずにいることでストレスを受けてしまう自分を楽にしてあげてください。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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