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ときに先入観がものを見えなくする

    長期的に見れば、自分の考えている方向に、自然と進んでいってしまうも。

    自分の未来を変えたければ、まず自分の考え方とものの見方を変えて、先入観や一般論で、こうなってしまうと、決めつけないようにしていくことが大切です。

    私たちはみんなレベルの差こそあれ、何かと先入観を持っていて、それがときに判断を鈍らせるときがあります。

    たとえば人に対して。

    どんなに自分は公平に、と思っていても、なんだかんだ言いつつ、見かけで印象も変わります。

    知らないうちにこの人はこんな人だろう、とか、いい(悪い)人だろう、と無意識に判断しています。

    もちろん、直感が働いてそれが当たるときもけっこうありますが、見ただけで人のすべてを知るなんて非現実的だし、話してみると見かけと全然違う人かも。

    見かけや印象だけでこの人はちょっと・・・・・・と思った人が意外なきっかけをくれるかもしれない可能性はありますよね。

    結局どちらがよかったのかは後になってからでないとわからないので、心はオープンにしておくのがいいかもしれません。

    先入観だけで物事を決めつけ見てしまうと、そこから何も学ぶことはできません。

    自分とは異なる人から、どんなことが学べるのかを考えるようにしてみる視点を持ち、自分とは違ったところがあるからこそ、今まで気が付いていない何かが学べることを忘れないでいたいよね。

    「上り坂と下り坂は、一つの同じ坂である。」ヘラクレイトス(哲学者)

    同じものを見ていても、見方を変えれば、そこから見えてくるものも変わるから、視点を変えてみなければ、先入観だけで見てしまい、発想は変わらないんだよね。

    視点を変えることで、今までとは違った発想をしてみる練習をお忘れなく!

    先入観のほかにも、固定観念、偏見など、私たちはそうしたものを通して物事を見て、判断します。

    意外にも、自分に対しても固定観念、偏見、先入観を持っていないでしょうか。

    ここも無意識なので気づかないことが多いけれどけっこう知らないうちに、これはOK、これはダメ、と判断してしまっていて、それで片付けてしまうことって多くないですか?

    私はこんな人、というような軸を持つのは良いし自分らしさを持つのももちろん大切なことですね。

    ポイントは、可能性などを見つめるとき、とくに、これからどうしようか迷っているときなどです。

    「こうあるべきだ」という思考からは、柔軟な発想は生まれることはないので、当たり前の中に隠された物を探り出そうという発想が、固定観念を打破するもとになります。

    先入観があり、そうするべきだという発想では、その枠から逃れることはできない。

    当たり前だと思っていることを、一度本当にそうなのか疑ってみてください。

    「こうあるべきだ」という思考ではなく、「こうしたい」という思考に変えていければ、なお良いと思います。

    たとえば、何をしたいかわからないけれど、きっといずれ、何かがパっとひらめくはずだ!と信じているとします。

    それはそれで素晴らしい。それいうのは確かにある。

    そこへ誰かが、パッとひらめくというよりも、少しずつわかるようになるものじゃないの?と言ったら、どうしましょうか。

    そんなことはない、絶対何かがひらめくはず!と言われたことを否定しますか?

    それとも?

    自分の信じることはそれでいいとして、その他の可能性をかたくなに否定しているともしかして何かのメッセージを逃してしまうこともあるかもしれなません。

    自分がこれを信じる!というものを持ちつつも、少しずつわかるようになるかもしれないことにも、否定せずにオープンでいたら良いのです。

    Just be open to it、です。

    オープンでいることにとくにエネルギーはいらないし、自分の信じることが犠牲になるわけでもないし。

    探しものをしているときなど、こっちにあるだろうと思ってこちらを見ていたら、たまにとんでもないところから出てくるときもありますよね。

    灯台下暗し、というのです。

    自分の能力を伸ばしていくためにも、自らの思い込みをなくしていく必要があり、自分の限界や枠を無意識のうちにつくってしまわないようにして、できない理由を考えるのではなく、どうしたらできるのかを考えてみてください。

    ほかにも、私にこれができるだろうか?と思うようなときも同じ。

    今までの自分を見て、どうせダメだろう、とか私には無理だ、と意外に何もする前から自分のできることできないことを決めてしまっているのかも。

    積み上げてきた知識や考え方は大事なものなので無理に手放す必要はありません。

    でも積み上げてきたものを、ときにバラけてもういちど見てみると、意外なものが見えるかも。

    新しいものを足してもいいし、別な色や光をあててみるのも、何かリフレッシュされます。

    可能性やチャンスは目の前に転がっていると言われます。

    「人生が可能性に満ちているのは、常に耐えがたいほど不確定のため、つまり次に何が起こるかわからないからである。」アーシュラ・K・ル・グウィン(作家)

    「チャンスがないなら、自分で作り出せ。」サミュエル・スマイルズ(作家)

    今までとは変わらない視野と思考では、そこから変化は起きにくい。

    たくさんの種を蒔いても、その中で芽が出るのは一部で、行動量は大事になる。

    不安定で不確かな時こそ、新たな可能性が生まれると考えてみない?

    チャンスになるようなことを、待っていないで自ら作り出そうって考え方も楽しくない?

    ピンチだと思えることも、そこから視点を変えれば、新たな可能性が見えてくるし、きっかけになる種まきをたくさんすれば、そこから何かのチャンスが生まれてくるはず。

    それに気づくか、目の前にあるものをちゃんと見えるかどうか、は別ものです。

    先入観や固定観念や偏見があると、あるものが見えなくなってしまって勿体ない。

    ただ心をオープンにしてみたら、それだけで何か違ったものが突然見えてくるかもしれません。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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