メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【メモ(memo)】違うからいい

    意見が違ったり、価値観が違ったりして、対立する人はいるものですね。

    日本では、意見が違う=嫌われているとか、私とは違うから、一緒にいたくない、というような方程式が通っているような気がします。

    あなたは、自分と意見や考え方で、対立している人をどう思いますか?

    違っていると、一緒にやっていけない?

    それとも、違うからお互いに補える?

    考え方はいろいろできます。

    別に、違う常識を持っている人がいたっていいし。

    価値観の違う人、なんて言ったら、極端な話、全く同じ価値観の人なんて、いないのが現実です。

    価値観が違うから一緒にやっていけない、というのは、単なる言い訳にすぎません。

    また、意見が違うと、嫌われていると思うのも、日本人の特性かもしれません。

    これは、和を尊び、対立や直接立ち向かうことを、できるだけ避ける文化が背景にあるからかも、と感じます。

    私が見た欧米人では、意見が違って、喧々囂々の言い合いをしても、その話し合いが終われば、ケロリとお互いに笑いあっている人たちがよくいました。

    日本人においては、とくに、女性の方が、なかなかできないみたいな感じがします。

    だから、対立するくらいなら、我慢してしまう人も多いものです。

    我慢することは、ある一定の線を超えると、爆発しそうになります。

    爆発するならまだいいけれど、内側にどんどんたまってストレスとなり、自分にマイナスの影響を与えてしまっては、本当に損ですね。

    むしろ、意見が違う、価値観が違うから、世の中は成り立っている、と考えたら、スッキリします。

    違っているからいいのです。

    でなければ世の中は、単一的で、バラエティの全くないところになってしまいます。

    そして、違うことをパーソナルに自分と対立している、嫌われている、と受け取らなくもいいのです。

    また、違っているから一緒にやっていけない、とすぐあきらめないことも大事。

    違うところをつつきだしたら始まらないけれど、似ているところをもっと思い出してみましょう。

    すべてが違っているわけではないはず。

    似ているところ、同じところだって必ずあります。

    たとえば、自分が正しいとか、理解してもらいたいと思っているところは同じだったりします。

    いずれにしても、自分と違う人がいることは、否定することでも、拒否されることでなくて、本当に、ただ違うだけだ、だからいいんだ、と思ってみたら、気分も楽です。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

    あなたへのおすすめ