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【霞始靆随感禄】たゆたえども沈まず

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    黒田明臣さん撮影さん撮影

    全てのものが、絶妙なバランスで、存在しているのだと、思い知る日々が・・・

    誰しも、少なからず、あったのではないでしょうか。


    生と死。

    痛みと喜び。

    塩と砂糖。

    わたしとあなた。


    その時、ずいぶんと、酷く傷ついていることにも気がつかず・・・

    ようやく、バランスを取り戻すのに必死になった頃には・・・

    すっかり、季節の変わり目を感じて、それでも、よく生きた年だったと、感じたことも、あったりしませんでしたか。


    そんな経験から、どうやら、私達は、脆さが、正しい選択だと、学ぶことになるのだと、そう、思います。

    それは、柔らかいままでいることが、とても難しい世界では、冷たくなるのは、とても簡単だから。

    自分の最も脆く。

    ともすると、それは、絶望的な部分に。

    親切にするため。

    ああでもない。

    こうでもないと。

    自分を再構築するうちに。

    自分を、真ん中に置くと言うことを、身をもって考えさせられる筈です。


    転んでも、やっぱり、私に貪欲でいたいから。

    その分、きっと、また、わたしの骨は、美味しくなっただろうと、思ったりします。


    そういえば、パリ市の紋章には、ラテン語で、

    「Fluctuat nec mergitur」

    と書かれています。

    「たゆたえども沈まず」

    意味は、

    「揺れはするが、沈まない」

    です。


    この文章は、以前、テレビ岩手が作成した大震災の10年間のドキュメンタリー映画のタイトルでもありましたね。

    映画「たゆたえども沈まず」本予告編

    映画「たゆたえども沈まず」に託した想い(2021年2月27日放送)

    東日本大震災は、2011(平成23年)年3月11日に発生したため、2025年3月11日で発生から、14年となります。

    東日本大震災は、日本国内観測史上最大規模の地震で、世界でも、1900年以降で、4番目に大きな地震でした。

    太平洋沿岸部を、高さ10メートルを超える巨大津波が襲い、甚大な被害をもたらしました。

    わたしたちにできること。

    母方の実家が岩手県だったこともあり、同県に親戚も多くいて、母が、幼い頃に遊んだあの町は、今日も生きています。

    わたしたちは、生きる。

    できることは、それだけ。


    そんな事を思いながら、ふと、常々、思うことがあったなと、思い出してみたり。

    そう、人は、

    「答え」

    があると、

    「安心する生き物」

    なんだよなあ~って、いうことを・・・


    〇〇診断だとか

    血液型だとか。

    誕生日だとか。

    そう言うもので、

    「〇〇だから、△△して、□□なんだ」

    と当てはめて、当面のあいだ、先付けであれ、後付けであれ、理由をつけて、安心したり、納得したりする生き物です。


    むしろ

    「答え」

    というより、

    「理由があると言うこと」

    に、安心しているのかもしれませんね(^^;


    それについては、良いも、悪いもなくて、ただ、ひとつ、忘れてはならないと、思うことは、人間は、

    「見たい事実だけが見える」

    という

    「癖」

    があるということです。


    自分自身に、もしくは、他者に、〇〇タイプとか、△△型とか、そう言うものを当てはめて、決めつけてしまうことが、少なからず、有ったという事実。


    人以外のことでも、それは起こり得ます。


    過去の出来事から。

    ネットから。

    誰かの噂話から。

    得られた情報で、思い込みしていた事柄が有ったのではないでしょうか・・・


    観察し(たつもりになっ)て、仮説を立て(たつもりになって)、(自分の見たい事実を)確認するために仮説を立て、

    「ほらやっぱり」

    と、自分の考えを、補強する事実を見つけて安心する、ということを結構やってるものなんですよね人は・・・


    統計学やら・・・

    偉い人の研究やら・・・

    様々な知恵と知見を重ねてきたとしても。

    99%、その通りだとしても。

    やはり、1%は、そうではない可能性があるかもしれない。


    どこを探したって、これが、

    「自分にとっての真実」

    なんて、どこにも、書いてないじゃないか、と。


    私は、それこそが、それを問い続けることが、

    「生きている」

    ということだと、そう、考えています。


    人は、いつだって、

    「枠」

    の外側にいける。


    わたしも。


    あなたも。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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