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【宿題帳(自習用)】「保健体育」をやり直してみる

    大人のおさらい10科目目は保健体育。

    お~保健と体育かあ。

    どっちから、やり直してみるか?っていうよりも、どうやり直すのか悩むなあ^^;

    【体育編】

    日本人の遊び心でも少しふれたけど、日本人が、どうして遊びが下手になったのか、ということについて、別な角度から考えてみます。

    【関連記事①】
    日本人の遊び心
    https://note.com/bax36410/n/ne0bb47d75937

    後白河法皇が編纂した「梁塵秘抄」におさめられている「遊びをせんとや生まれけむ・・・」という今様がうたわれて以来、日本人は、おそらく世界で最も早い時代に、貴族だけでなく一般庶民も遊びに目覚めた民族だったように思います。

    「梁塵秘抄」(ちくま学芸文庫)植木朝子(編)

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    その結果、能、狂言、茶の湯、生け花、歌舞伎、浮世絵、読み本、相撲、吉原、島原といった素晴らしい遊びの文化を創りだしてきました。

    にもかかわらず、黒船の襲来に仰天し、明治になって西洋文明に追いつけ追い越せと必死になった日本人は、いつのまにか遊びの下手な民族になってしまい、欧米から輸入されたスポーツ、つまり身体を用いた娯楽文化までも「体育」という教育にしてしまったんだよね^^;

    さらに、人気の沸騰した野球を「武士道」と結びつけ、今日では、経済優先社会のなかで、野球をはじめとするスポーツを企業宣伝に利用するようになったのも事実ですね。

    考えてみれば、あらゆるジャンルで近代日本のドラスチックな転換が求められているのが現代。

    ならば、いまこそ「古典」を読むときではないかと、ちょっと、高尚なことを考えてみたりしてね(^^)

    そう!

    プレ・モダンの日本人の考えに接するべきではないかなって。

    そういえば、古文教育も、近代日本のボタンの掛け違えのひとつといえるにちがいないよd(^.^) ねっ?

    【関連記事②】
    【手控え】旧仮名遣いの日本語を楽しむ
    https://note.com/bax36410/n/n3d5358bc5654

    話がそれてしまったけど、体育全般に通じる「運動神経がいい」とはどういうことかについて考えて、実行に移してみる。

    運動神経とは鍛えられた筋肉だと理解していたけど、一言でいえば、身体の使い方であると。

    ここに、あらゆるスポーツの上達に通じる、秘訣があります。

    この点に関して、内田樹さんが以下の様に語られていたので紹介させて頂きますね。

    「僕は武道を教えていますけれども、それは今の子どもたちに「君たちが自然だと思っている身体運用以外の仕方がある」ということを教えるためです。

    身体の使いかは言語と同じように構造化されています。

    子どもたちが現代的な言語運用のルールに繋縛されているように、現代的な身体運用のルールに繋縛されて、それが自然だと思って暮らしている。

    すべての人間は自分と同じように身体を使って外界を感じ、身体を動かしている、そう素朴に信じ切っているわけです。

    人間の身体は太古から現代まで、世界中どこでも「同じようなもの」だと信じ切っている。

    でも、彼らの身体運用はまさに2018年の現代の都市で暮らしている子どもたちに選択的に強制された「奇妙な」身体の使い方なのです。

    一つの民族誌的奇習なのです。

    歩き方も、座り方も、表情の作り方も、声の出し方も、すべて集団的に規制されている。

    それとは違う身体の使い方があることを、例えば中世や戦国時代の日本人の身体の使い方があることを僕は武道を通じて教えているわけです。

    子どもたちをその文化的閉域から解放するために武道を教えているわけです。

    君たちは学べば、ふだんの身体の使い方とは違う身体の使い方ができるようになる。

    その「別の身体」から見える世界の風景は彼らがふだん見慣れたものとは全く違ったものになる。

    それは外国語を学んで、外国語で世界を分節し、外国語で自分の感情や思念を語る経験と深く通じています。

    自分にはさまざまな世界をさまざまな仕方で経験する自由があること、それを子どもたちは知るべきなのです。

    結局、教育に携わる人たちは、どんな教科を教える場合でも、恐らく無意識的にはそういう作業をしていると思うのです。

    子どもたちが閉じ込められている狭苦しい「檻」、彼らが「これが全世界だ」と思い込んでいる閉所から、彼らを外に連れ出し、「世界はもっと広く、多様だ」ということを教えること、これが教育において最も大切なことだと僕は思います。」(「英語教育について」より引用)

    【参考記事】

    この視点は、とても重要であり、「身のこなし」「体の操作性」を向上させて運動不器用を運動器用に変身させることが可能となります。

    たとえば腹筋運動が一回もできない人は、多くの場合、腹筋がどこにあってどのように力を入れればよいのかわからない、という理由によるのだそうです。

    動きの観念(イメージ)を脳に明確にしてやると、できるようになるといいます。

    運動は、脳の指令をうけて成り立つものです。

    しかし、逆に、その動きに必要な新しい運動神経回路をイメージや動きのトレーニングによって形成することで、いわば脳の新しい機能を育てるという働きももっています。

    運動部のように根性で無闇にきつい練習を積み上げるよりも、合理的な科学トレーニングを少しする方が、優れたスポーツ選手を育てることができるということが当たり前になっています。

    そうは言っても、運動神経は、子供の頃(2、3歳から)に発達させておくのが良いそうです。

    運動神経がいい≒過去の似たような運動の記憶を応用できる人なので、才能とは関係なく、努力した人のみに与えられるもの、それがいわゆる運動神経!

    以下の【8つの運動不足「言い訳」解消法】を忘れずに、これからも「成功体験」と「反復練習」を繰り返すことで、運動の出来を下げないようにしていかなくては^^;

    【8つの運動不足「言い訳」解消法】

    1.時間が無い

    毎日、10分間の運動をしてみる。

    いつの間にか「もっと運動時間を増やしたい」と思うようになるはず。

    2.仕事をして疲れたあとにさらに運動するは辛い

    朝の仕事前、あるいはお昼休みに運動する。

    3.運動用の服が無い

    別にトレーニングウェア一式をそろえる必要は無い。

    動きやすい服を着て、足にマッチした靴を履けばそれでOK。

    4.他人に見られるのが恥ずかしくて

    他人と運動する必要は無い。

    一人で散歩・ウォーキングをしたり、動画サイトのエクササイズを見ながら運動しても良い。

    5.筋肉痛が怖くて

    少しずつ運動をして身体を慣らす。

    また、ストレッチやウォームアップ、運動後のクールダウン(運動後のストレッチなど。運動後の疲労を押さえる効果がある)を忘れずに。

    6.天気が悪くて運動が出来ない

    ショッピングモールなどの屋内で運動してもよい。

    7.同じことをしてると飽きる

    色々な運動を織り交ぜて行い、同じことの繰り返しによる飽きを回避する。

    8.お金が無くて

    ランニング、ウォーキングならお金はかからない。

    また、缶詰(※日本の場合はペットボトルなどの方が一般的)を使ってウエイトトレーニングもできる。

    アメリカ糖尿病協会(the American Diabetes Association)では”HealthDay”において、数々の「運動をしない言い訳」への解消法を論じており、そこからの引用です。

    【保健編】

    30万件の臨床例から導き出された「ほんとうのライフハック」6項目は、以下の通りです。

    1.その健康法は全体最適になっているか?

    2.そのクスリのリスクを把握しているか?

    3.ひとくちあたり30回以上噛んでいるか?

    4.食事の1時間前に水を飲んでいるか?

    5.こまめに5分の仮眠をとっているか?

    6.その運動は楽しみながら続けられるか?

    これを実践したとして、自分の経験からも、病に伏せ、思い通りにならない人生の中であってさえ、まだまだ、できることもあるはずです。

    中井久夫先生は、名著「分裂病と人類」など、数々の名著で知られる精神医学者です。

    「新版 分裂病と人類」(UPコレクション)中井久夫(著)

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    ここで、中井久夫先生が考え出した【精神健康の基準】を参考までに紹介しておきますね。

    【精神が健康である基準】

    ・いい加減で仕事や追及をやめる能力

    ・いやなことは自然に後回しにする能力

    ・できたらやめておきたいと思う能力

    ・一人でいられる能力、また二人でいられる能力も必要。

    ・自分を守る能力

    ・いい加減で手をうつ能力

    ・しなければならないという気持ちに対抗できる能力

    自分はこうあらねばいけないという目標がある限り、理想の自分がいる限り、それは、あるがままの自分を認めていない症状ともいえるのかもしれません。

    そして、がんじがらめの目標は時に、道草と寄り道を許さない。

    だから、時には、好奇心がおもむくままに動いてみては如何でしょうか?

    それがあなたの目標に対して、道草であっても、寄り道であっても、(こんな音楽でも聴きながら)Take it easy!ってな、感じで、ね(^^)

    JING TENG「TAKE IT EASY」

    さて、本書「臨床瑣談」は、精神医学の話ではなく、臨床経験で味わったちょっとした物語というほどの意味の内容となっています。

    本書では、精神科以外のことや、自身が患者として、あるいは患者の家族・友人として経験したことが記されており、院内感染や、昏睡に陥った場合、あるいはガンをもつ友人知人への助言、丸山ワクチンへの私見というように、病名を告知された患者側ができる有効なことが語られています。

    「臨床瑣談」中井久夫(著)

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    「臨床瑣談 続」中井久夫(著)

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    例えば、「身も蓋もない言い方だが人の死亡率は百パーセントである」では、そんな負けいくさであるのが決まっている場所で、何ができるか?

    また、「人生のQOL(生活の質)の積分値を最大にする」では、どうしたらそんなことができるのだろうか等々。

    こんな表現もされています。

    「医療行為は幾何学よりもさらに「王道」がない。

    予期できない偶然、些細な特殊事情、正しそうな解釈の誤り--

    そういうものに左右される。

    勝つと限らないのは戦争と同じである。」

    万が一にも、病気になってしまったのなら、赤塚不二夫さんが言ったように「これでいいのだ」って、言えたのなら、回復も早いような気がします。

    レヴィ=ストロースは、西洋中心主義的に未開民族を理性的に啓蒙しようという旧来の発想を批判し、文化に優劣をつけない文化相対主義の考え方を徹底しています。

    何らかの風俗習慣の起源に関しても「原因に遡ろうと望む限り、解決不能のままにとどまる。

    どこかに別の集合が発見され、理解を試みている集合がモデル上でその集合に同じように敷き写せるのであれば、発生の問題は提起されなくなる。

    どのようにしてそれがそこに存在するようになったのかを問う必要はもはやない。

    それはもうそこに在ったのだから」と述べます。

    「野生の思考」クロード・レヴィ=ストロース(著)大橋保夫(訳)

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    人間は、それほどまでに社会的な生物なのでしょうね。

    ヘーゲルが言うとおり、人間は、社会的承認を受けてはじめて人間になれる。

    だから、人が生きる上でもっともたいせつなのは、隣人があなたに向ける笑顔なのだと思います。

    そして、あなた自身を愛するように隣人を愛しなさいというのは、そういうことなのでしょうね。

    あなたが隣人を愛することによって隣人は生きながらえており、隣人があなたを愛してくれるおかげで、あなたはかろうじて生きることができる。

    人間は、自分が欲するものを他人から与えられることでしか手に入れることができないのかもしれませんね。

    特に、病に伏せた時、この事が身に沁みて理解できます。

    本書には、ガン患者にとっても興味深いことが多く語られており、参考までにご紹介させていただくと、

    「闘病という言葉は使わない方がよいのではないか。なぜなら癌と闘うという意識は、交感神経を刺激して免疫力を低下させる。」

    「顕微鏡下で副腎皮質ホルモンがリンパ球を壊すのを見た。だからリンパ球はストレスに対して非常に弱いのだ。」

    「肺活量が大きい人は癌生存率が高そうだ。栄養や血液にたくさんの酸素が供給され、それがリンパ球の活性化に繋がっているようだ。」

    等の指摘は、レヴィ=ストロースやヘーゲルの見解と通じる所があり、なるほどと、素人でもなんだか納得させる内容です。

    胃がんが脊椎に沿ってのっぺりと転移した70歳の男性(肺活量8,000)が何年も生存し、社会的活動もしている例などを紹介しています。

    ドクター・ワイルも「治癒力を高めるために、もしもただ一つだけを、と言われたら何を推奨しますか?」との問いに対して、「呼吸法です。」と答えているから、相通じるものがありそうです。

    本人ご自身も前立腺癌を経験しています。

    癌を告知された医者の心境も正直に書かれていて、私たちと差がなく驚いて混乱していますが、そこには、今日でも一般的な現象である医者のダブルスタンダードな考え方はなく、共感できると思います。

    精神科医としての経験を踏まえ、病名告知の時代となった今、告知された患者ができる有効なことは何かが書かれていることからも読み取れると思います。

    「告知しただけの医師の覚悟も必要であり、また、告知された患者も茫然たる傍観者ではなく、積極的に何かを行ないたいだろう。」と考えての助言です。

    そこには、「精神科医が精神科以外のことを書くのであるから、間違いや誤解も多かろう。定説と違っていることもあろう。そうであろうとは思うが、一方、私は旧制度のインターン(医学にかんする実地研修)時代の医学生である。」という条件がついています。

    前半は、医師だからといって絶対ではないという謙虚さ、後半は、きちんとした教育を受けているという自信の現れと読み取れます。

    この謙虚さと自信こそ専門家に求められるものであり、この言葉の背後には、前述の医者のダブルスタンダードな考え方も含めて、最近の医師教育、医師のありようへの疑問がうかがわれます。

    癌になった医者である作者の言葉には重みがあり、中井久夫先生のガン患者への助言が三つあります。

    ひとつめは、睡眠を十分に取ること。

    正常な細胞が細胞分裂をするときに、最も危ない時期を午前2時から4時くらいの時間帯に迎えるのが目的です。

    つまり、細胞ががん化しないためにも、この時間帯は熟睡して体力を回復しておくことが大切なんだとか。

    睡眠薬などのアドバイスも役にたちます。

    ふたつめは、おいしいものを食べること。

    これは栄養をとることと、病院食などはストレスがたまる一方で治癒には悪影響だという話。

    「入院時には便秘になりがちである。リンゴをすりおろして砂糖を少し加えたものがある」などと身近な問題を忘れていません。

    術後の回復に効果のある漢方薬までを挙げています。

    みっつめは、笑いなさい。

    ノーマン・カズンズの「笑いと治癒力」を例にとって、笑いは免疫力を高めてくれます。

    「笑いと治癒力」(岩波現代文庫)ノーマン・カズンズ(著)松田銑(訳)

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    笑えない場合もあると思いますが、無理でも笑う顔を作って「脳をだまして」みることをすすめていて、脳をだましてでも笑っていれば効果があると言っています。

    意外でもあり、当たり前すぎるようでもある助言なのですが、これで良いのだと思います。

    あと、ストレスを少なくすることも。

    ガンはさまざまであり、人間もいろいろなので、一つの答はないのでしょうが、免疫で対応し、時に抱え込んで上手に生きている例があげられていて、勇気づけられると思います。

    要は、「癌細胞は弱くて混乱した細胞です。死ぬべき細胞が死ねずにいるだけです。癌細胞は熱にも弱くて、リンパ球の攻撃にはひとたまりもなくやられてしまいます。」とあり、サイモントン療法のCDにもこれと同じ台詞があり、白血球が癌細胞を対峙するイメージを描くように指導しています。

    人体では、毎日、5,000個、ある説では、数万個もの癌細胞が生まれているそうですが、そのほとんどは自己免疫力で退治されている事実を知りません。

    その攻撃をかわしてやっと生き残った癌細胞もリンパ節で阻止されて、なかなか転移はしないものです。

    リンパ節転移ということは、癌細胞がリンパ節でブロックされているということでもあるわけです。

    治療という行為は、つねに不完全さを免れず、多くの困難にみまわれることが多いんでしょうね。

    だけど、それだからこそ、かかわる一人一人の内奥にあるものが、ほのかに輝きだし、医術に魂を吹き込んでいくのかもしれませんよね。

    医療の世界に限らず、人間というものの見せる不思議な魅力がここにあると感じます。

    近代医学を過信せず、かといって感傷的にもならずに、何かをやれることもたくさんはるはず。

    さしあたっては医者でも患者でもない人にも、たとえば、「せっかく眠気がやってきたのにまた去ったら、焦って眠ろうとせず、四十五分後には眠りの潮が引き潮から上げ潮に変わるから、それまで次の『眠りのバス』を待つ心地で」というような一文は、効きめがありそうですよね(^^)

    そうそう、哲学者であるハーバート・スペンサーも「健康の維持は義務である。生理的道徳と称するものの存在を知る人はまれである。」と警告してくれていたので、失って始めてその大切さに気がついたのでは、健康に関しては手遅れの場合もあるから、すべてのことの源になる、健康でいられることに感謝し、それを維持していきましょう。

    毎日のわずかな心がけで、一番大切な健康は維持していくことができるから(^^)

    そのためにも、からだの言うことに耳を傾けたら、もっと健康になれると考えています。

    がんばり屋さんだと、ついつい自分は大丈夫という過信に陥ってしまうこともあると想うので、がんばりすぎて、健康管理を疎かにしがちにならないように注意してくださいね。

    体調変化のサインを甘く見ずに、健康について気を配るようにする!

    休む時はしっかり休んで、長期的な視点で健康維持をして行きましょう(^^)

    【関連記事】
    【宿題帳(自習用)】「算数」をやり直してみる
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    【宿題帳(自習用)】「総合的な学習」をやり直してみる
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    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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