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幸と不幸の分かれ目

    人の幸と不幸と何が分かれ目なのか、と考えるときあなたはどう思いますか?

    あなた自身の場合、何が自分の幸せ・不幸せを決めているのでしょう。

    自分の努力?

    キャリア、恋愛、人間関係?

    お金、家族?

    自分の願望?

    もちろん、自分の欲しいキャリアや恋愛を実現することや、家族やお金は幸せをサポートしてくれるものでもあります。

    また、自分の願望がなければ始まらないこともあります。

    ただ私は、究極の幸せへの分かれ目となる鍵は、私たち自身の姿勢(attitude)だと信じています。

    姿勢とは、自分が何を信じ、物事をどう見て、どう捉え、どう考えていくか、ということです。

    心の持ちよう、ともいえますね。

    私たちはこの自分自身の姿勢を通して、周りで起きる出来事や、物事を見ています。

    考え方や見方が違えば、同じ出来事が嫌なことになったり、素晴らしいことになったりもします。

    だから、同じ目にあっても、幸せでいられる人とそうでない人が出てくるのです。

    たとえば、人生ではときにアンラッキーなことが続くときも、悲しいことが続いて起きることもあります。

    そんなときに、自分の姿勢がどういうものかで私たちの反応そのものや、持つ感情が変わってきますよね。

    何で私ばっかりこんな目にあうの?不公平だ!とうらんでばかりいたら、どうでしょう。

    うらんでばかりいる人って、周りから見ていても気持ちよくないし、周りも手を差し伸べにくくなるもの。

    そのネガティブな感情がかもし出す波長やエネルギーは、結局さらに不幸を呼び寄せるでしょう。

    逆に、アンラッキーの中から少しでも何かプラスを見つけようとする姿勢があるなら、どうでしょう。

    何か学ぼうとする姿勢があったら?

    悲しいことの中からでも、感謝できることを探そうとする姿勢があれば、どうなるでしょう?

    その姿勢こそが、幸と不幸の絶対的な分かれ目なのです。

    また、何を信じているか(宗教に限らず)によっても変わってきます。

    幸せになることが可能だ、とか、私は幸せになる権利がある、と信じているなら、その信じていることを自然に実現しようとするはず。

    信じているからこそ、自分の言動や行動にもそれが反映されるのです。言動や行動は、何かしらの結果に直結していきます。

    そして、ここは、自分の中の願望だけでは足りません。

    たとえば、幸せになりたいという願望なら誰もが持っているけれど、残念ながらみんながそうではないのはそのせいです。

    幸せになりたいと思っていても、それが可能だと信じていなければ、そもそも幸せへの道を閉ざしてしまう。

    信じないから、幸せが目の前にあったとしても目に入らない、聞こえない、感じられない。

    人間は、目に見えるものを信じるというよりは信じるものを見るようになっているのです。

    だから、探し物が実は目の前にあったのに、まったく目に入らないことって誰もが経験します。

    これは、ない、見つからない、と思いながら探しているから目に入ってこないのです。

    あなたの姿勢は、どんなものですか?

    何かの願望について、それが可能だと信じていますか?

    感謝の気持ちや、いつでも何かを学ぼうする心を持っていますか?

    ネガティブな感情よりも、ポジティブな感情を選ぶようにしていますか?

    もし現実が思うとおりになっていないときは自分の姿勢をもう一度チェックしてみる良い時期なのかもしれません。

    思い立ったが吉日!

    今年のあなたの姿勢、振り返ってみてはいかがでしょうか?

    そして来年に向けて何をどう調整すればいいか、考えてみてください。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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