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【クラシックとはどんな音楽か】器楽曲が多い

    クラシックに興味のない人の場合、音楽と言えば、まず、頭に浮かぶのは多分、歌詞のついた曲、すなわち、「歌もの」ではないでしょうか。

    多少とも、バタくさい音楽に興味のある方なら、映画音楽とか、ムード音楽の場合も、ありそうですが、大方の日本人にとっては、やはり歌える曲。

    歌詞つきの曲というのが、音楽のイメージだろうと思われます。

    ところが、クラシック音楽の場合には、これがちょっと違ってきます。

    大抵のファンが、まず、イメージするのは、「歌もの」よりも、「器楽もの」になります。

    即ち、オーケストラ(管弦楽)曲や、楽器を主体にしたものです。

    もちろん、声楽ファンや、オペラーファンは、「歌もの」だというに違いないけれど、全体から見れば、少数派だろうと思われます。

    これは、どういうことかというと、さきの音楽のジャンル分けを見てもわかるように、あれこれあるクラシック音楽の中でも、声楽曲は、あくまでも、その一部といった位置づけだからです。

    全体としては、管弦楽や器楽の曲の方が、圧倒的に多いからに、ほかなりません。

    このことは、ポピュラーな作品を並べてみればわかると思います。

    CDショップを覗いてみても、直ぐに、確かめられる筈です。

    歌謡曲やポピュラー音楽と違う、クラシック音楽の、これまた、大きな特徴の一つです。

    管弦楽曲や器楽曲というのは、

    楽器そのものの響きや音色、

    あるいは、

    複数の楽器を組合わせた時の音色や力強さ、

    そこから、

    醸し出される雰囲気や情緒、劇性、

    等が、一番の個性(聴きどころ)ですが、歌詞がないだけに、抽象的で、曖昧ではあります。

    そのことから、

    「歌もの」感覚

    でとらえようとすると、何を表現しているのか、さっぱりわからず、つい、

    「難しくてわからない音楽」

    となることが、多い様に感じられます。

    実は、作曲家たちも、歌曲のつもりで書いたわけではなく、何かを伝えたくて、書いたわけでもない。

    そういう作品も、あったかもしれません。

    しかしながら、基本的には、自分の心に沸きあがった感興、純粋に、音楽的な欲求を、音にする・響きにすることが目的であって、客観性等、考えていなかったのではないかと思われます。

    そんなわけで、クラシック音楽が敬遠されがちなのは、何かしら、この辺(音だけによる抽象性) に関係がありそうな気がしています。

    そうであれ、膨大なクラシック曲の大半は、楽器だけによる器楽・管弦楽曲であるということは、知っておいて欲しいと思います。

    【季節とシチュエーションに応じたクラシック音楽】

    癒し:メンデルスゾーン「5月のそよ風」

    癒し:ショパン「ノクターン第8番 変ニ長調 Op.27-2」

    癒し:クライスラー「ウィーン奇想曲」

    癒し:ブラームス「5つのリート Op. 105-第1曲 調べのように私を通り抜ける(フルートとピアノ編)」

    コミカル:ショパン「3つの新しいエチュード 第3番 変二長調」

    コミカル:ウェーバー「華麗なポラッカ ホ長調「笑いこける」Op.72, J.268」

    コミカル:ジョプリン「ラグタイム・ダンス」


     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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