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【その一冊が、くれるもの。】統計学を哲学する?

    「統計は、確固とした数理理論であり、そこに、哲学的思弁が入り込む余地はない」

    とか、

    「統計は、単なるツールであり、深遠な哲学とは、無縁だ」

    とかいう誤解を解きたいということが、本書

    「統計学を哲学する」大塚淳(著)

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    の狙いです。


    特に、

    「なぜ統計のような数理理論が科学的知識を正当化するのか」

    というのは、優れて、哲学的な問いであるということが強調されています。


    構成としては、存在論、意味論、認識論という哲学の議論を、縦軸にとり、個別の統計的手法を、横軸にとり、展開されるのだと予告されています。


    ここで、統計にかかる存在論、意味論、認識論については、以下のように、説明されていました。

    統計にとって、まず、データが存在する。

    そして、そこから、何かを、推測するというのは、1種の帰納推論であり、そのためには、自然の斉一性と、確率モデルとしてのデータ構造を、仮定しなければならない。

    さらに、因果推論のためには、

    「潜在結果」

    を考察しなければならない。

    これらは、存在論的な問題である。

    統計は、世界を数理的に、モデル化し、確率命題として表現する。

    これを、どう解釈するかは、意味論的な問題になる。

    最後に、仮定され、解釈された存在を、実際に、どのように推論するかは、認識論の問題になる。

    頻度主義とベイズ主義の論争は、意味論としての側面と、認識論としての側面から、解釈できる。


    本書に依れば、現代統計学には、

    「記述統計」

    と

    「推測統計」

    という2つの側面があるということで、そこから解説が始まっており、両者の特徴を纏めておくと、以下の通りである。

    <記述統計>

    得られたデータを私たちに理解できるような形で記述して要約するための技術は「記述統計」と呼ばれる。

    要約する種々の指標は、

    「統計量」

    と呼ばれる。

    統計量には、標本平均、標本分散、標本共分散、相関係数、回帰係数などがある。

    実証主義(positivism)の考え方によれば、観測されたデータをまとめることこそ、科学の目的だということになる。

    実証主義者は、観察されたデータのみに基づいて、それを、整合的にまとめることが、科学であるとし、直接観察できないような概念を排斥しようとした。

    エルンスト・マッハは、

    「原子」

    や

    「力」

    などの概念にも噛みついた。

    カール・ピアソンは、実証主義を引き継ぎ、

    「因果性」

    の概念を排斥しようとした。

    記述統計は、実証主義的な探求に、具体的な方法論を、与えるものとなる。

    このような実証主義に従えば、帰納推論は不可能になる。

    帰納推論を行うためには、

    「未観測の事象はこれまで観測された事象と同様だろう」

    という、自然の斉一性を、前提にしなければならない。

    <推測統計>

    自然の斉一性という仮定を、確率モデルとして、定式化した上で、帰納推論を精緻化したものが、

    「推測統計」

    と呼ばれる。

    得られたデータから、確率モデルを推定し、そのモデルを媒介として、未来のデータを推測する。

    この方法論は、データと確率モデルの二元論の上に立つことになる。

    この方法論が成り立つためには、確率モデル記述のための、数学的な枠組みと、モデル推論のための、方法論(認識論)が必要になる。

    確率モデルにおいては、データの源としての

    「母集団(標本空間)」

    を想定し、その部分集合として

    「事象」

    を考える。

    確率は、母集団に占める部分集合の大きさを測るものであり、いくつかの公理を満たす必要がある。

    確率の公理、条件付き確率、独立性、確率変数、確率分布、確率密度、期待値などが解説される。

    観測データは、この確率モデルからのサンプリング(部分的抽出)として理解される。

    帰納推論を行うためには、サンプリングは、同じ確率モデルから、独立のデータとして採られなければならない。

    これは、独立同一分布(IID)条件と呼ばれ、

    「自然の斉一性」

    の具体的な内実ということになる。

    帰納推論が、可能であることを示す理論的な柱は(IIDを前提とした)、大標本理論である(大数の法則、確率収束、中心極限定理などが解説される)。

    大標本理論は、無限にデータをとれば、真なる分布に近づくことができることを保証する。

    しかし、現実のデータは、有限である。

    有限のデータから、帰納推論を行うために、推測統計は、確率モデルに、さらなる仮定を加える。

    例えば、パラメトリック統計では、対象となる確率分布が、特定の分布であることを仮定する。

    このような仮定として用いる候補としての分布の集合を、

    「統計モデル」

    と呼ぶ。

    統計モデルは、本当の確率分布の適切な近似であることが期待されている1種の道具ということになる。(いくつかの分布が解説されている)

    仮定の分布を。統計モデルとして置くメリットは、確率分布の推定を、いくつかのパラメータの推定に帰着できること、様々なパタメータ仮説の元でのデータが得られる確率、つまり、尤度が計算できるということだ。

    なぜ、推測統計においては、存在論を確率論という数理的な仕組みで表す必要があるのか。

    それは、そうすることによって、どれだけの存在論的仮定の下で、どのような帰納推論が可能になるのかを厳密に示すことができるからだ。

    多くの場合、問題になるのは、分布族(統計モデル)の仮定になる。

    哲学者は、世界に存在すると、私たちが想定し、それに基づいて、思考や推論を行うような、離散的な単位を、

    「自然種(natural kind)」

    と呼ぶ。

    この自然種は、学問分野によって異なりうる。

    そして、分布族は、統計学において、自然種の役割を果たしている(本書内で「確率種」と呼ばれる)。

    様々な確率分布と、その間の関係性は、元素の周期表のようなものだと考えられる。

    このように、直接観測できない自然種を用いて、推論・説明を行うという推測統計は、実証主義とは折り合いが悪い。

    自然種実在論者は、このように想定された

    「隠された存在」

    が、どのように経験から推論されるかの認識論的手段を、提供しなければならない。

    推測統計の本分はこの認識論にある。

    有限データから推測するための追加仮定が、確率モデルであり、その認識論こそが、重要ということになる。

    概念が、明晰に解説されていて導入としてわかりやすい。

    ここから、個別統計手法ごとの解説になる。

    ベイズ統計からはじめるという順序は、いかにも現代的に感じられた。

    【参考資料】

    【参考書評】

    【参考図書】
    「科学とモデル シミュレーションの哲学 入門」マイケル・ワイスバーグ(著)松王政浩(訳)

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    「科学と証拠 統計の哲学 入門」エリオット・ソーバー(著)松王政浩(訳)

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    「科学哲学 なぜ科学が哲学の問題になるのか」現代哲学への招待 Basics)アレックス・ローゼンバーグ(著)丹治信春(監修)東克明(訳)森元良太/渡部鉄兵(訳)

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    「科学哲学」(1冊でわかる)サミール・オカーシャ(著)廣瀬覚(訳)

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    「統計思考の世界 ~曼荼羅で読み解くデータ解析の基礎」三中信宏(著)

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    「哲学と科学 [改版]」(NHKブックス)澤瀉久敬(著)

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    「意味の世界 [改版]」(NHKブックス)池上嘉彦(著)

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    「科学哲学への招待」(ちくま学芸文庫)野家啓一(著)

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    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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