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【CD・レコードコレクションの勧め】居ながらに音楽会の気分

    レコード(CD)をコレクションすることの楽しみは、何といっても、気に入った曲、好きな演奏を、いつでも、何回でも、繰り返して聴けることです。

    そして、また、それを、聴く場所や雰囲気も、堅苦しく、わざわざ出かけていかなければならない音楽ホールに縛られず、寛いだ自宅や、気の合った友だちとの集まり等に、勝手に変えることができます。

    つまり、窮屈さから開放されて、のびのびと聴けるのが魅力的ですね。

    そればかりではなく、レコード(CD)=記録する、という本来の意味からすれば、聴ける筈もなかった古い時代の演奏家や、行かなければ聴けない程、遠い国の演奏家たちをも、目前に引き寄せて聴くことができる。

    記録し、保存し、回顧したり、比較できるという点でも、その楽しさ、便利さは、はかり知れません。

    言うまでもなく、レコードは、発すれば、たちまちに消えていってしまう音や音楽を保存し、再生すべく考え出された録音再生物です。

    エジソンによる蓄音機の発明(1877年)以来、これは、蝋管(1886)、平円盤(1889)、電気吹込盤(1924)、LP盤(1948)、ステレオLP盤(1957)を経て、CD(コンパク トーディスク。1979~)全盛の現在へと続いているのですが、当然のことに、それは、

    「ナマ演奏と同じ音へ」

    という音質改良が何よりも基本にあります。

    今後も、まだ、そうした発展は、止むこと なく、続くのかもしれないとしても、さきのLP、SP盤を知っている人には、現在のCDの 音質は、雑音もなく、再生音域の広さも驚異的なものでした。

    聴きようによっては、ナマと錯覚しそうだと言っても、決して、オーバーではないかもしれません。

    こうした音質的な素晴らしさに、 先の充実した曲目・演奏のレパートリーを合わせると、レコード(CD)には、何が出来るか。

    その答えは、自ずと明瞭であるCDを使えば、どんな音楽会も、開くことが出来る。

    実際のコンサートでは、不可能な夢のようなプログラムによるものでも、ということです。

    コレクションには、

    「あれこれと集めること。そのことが楽しい」

    とか、

    「他人の持っていない珍品を持つことがうれしい」

    という人もいるようだけれど、私としては、何のためにコレクションをするかと言われれば、

    ナマの音楽会(コンサート)気分で、あれこれと聴いてみたい。

    そのためのネタを揃えたい(実際のコンサートでは、極めて隕られたものしか聴けないから)を基本にしたい、というのが本音だったりします。

    便利さ、この上ないレコード(CD)ではあるけれど、気軽さ、気楽さに溺れると、単に、聴き散らすだけ、単なる消耗品になってしまいます。

    そういう危険もあるかもしれないとも、思っていたりしています。

     
     
    固定観念や社会の物差しに捉われることなく、まずは自分(being)、それから自分のやるべきこと(doing)を考えて、発想の転換や内面的・本質的な成長を促していくテーマを決めて書いていこうかなって考えています。

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