
この世でいちばん自然な姿 ― Why Don’t We Do It In The Road?
「僕は真夜中、リンゴを誘ってスタジオ3へ忍び込んだ。そこにいたのは彼と僕だけ。ほとんどマントラのようなフレーズだけを土台にした、何もかも解き放ったような曲を作ってみたかったんだ。
『マントラ』という言葉は、この曲とも決して無関係ではない。というのも、アイデアはその年の初め、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギのもとでインドを訪れていたときに生まれたからだ。リシケシのジャングルで、たまたま二匹のサルが交尾しているのを目にした。その光景はあまりにも自然で、この世で最も自然な営みのように思えた。サルたちは完全に自由で、少しも気兼ねしたり、自分を抑えたりしていなかったんだ。」
――これは Paul McCartney が自著『The Lyrics』で語っているエピソードです。
この証言から見えてくるのは、Why Don't We Do It In The Road? が単なる性的なジョークや挑発的な歌ではないということです。Paul が描こうとしたのは、人間だけが作り出した羞恥心や社会的な制約を超えた、生き物の本能と自由さ。その純粋で飾り気のない生命力に心を動かされた瞬間が、このわずか数行の歌詞の出発点になっていました。
歌詞だけを読むと、「道路でやっちゃおうよ。誰も見ちゃいないからさ」という大胆な言葉だけが印象に残るかもしれません。しかし、その背後にある Paul の視点を知ると、このシンプルなフレーズは、自然の摂理をそのまま肯定する、一種の賛歌のようにも響いてきます。
それでは、その短い歌詞の中に込められた意味を、一行ずつ見ていきましょう。
[Verse 1]
*1道路でやっちゃおうよ
誰も*2見ちゃいないからさ
*1: やっちゃおうよ
: Why don't we~?
これは多くの方がご存じの定番の勧誘表現ですね
*2: 見ちゃいないからさ
: will be watching us
will be watching をよく見ると『未来進行形』になっていますね。これに、主語 No one を置くと『その時(未来のある時)には誰もこっちを見てなんかいないよ』という予測を表すことが出来、同時に『だから、大丈夫、大丈夫』という気楽な響きが生まれるのです。
[Verse 2]
*1道路でやっちゃおうよ
誰も*2見ちゃいないからさ
[Verse 3]
*1道路でやっちゃおうよ
誰も*2見ちゃいないからさ
とても短い内容でしたが、いかがでしたでしょうか。
改めて耳を傾けると、この曲は決して気まぐれな思いつきだけで作られた作品ではないことに気づかされます。アコースティック・ギターのボディを激しく叩くパーカッシブな演奏、力強く鳴り響く手拍子、Ringo Starr のドラム、そして喉が張り裂けんばかりに歌い上げる Paul のシャウト。演奏時間はわずかですが、その凝縮されたエネルギーは White Album の中でも屈指の迫力を放っています。
また、この録音に参加できなかった John Lennon が不満を抱き、Paul へのわだかまりを深めたというエピソードからも、この曲が決して「ただのお遊び」ではなかったことがうかがえます。シンプルだからこそ、本気でぶつかった二人の空気までも封じ込められているように感じられます。
皆様は、この曲をどのようにお感じになりましたか。