
原点へ帰る歌、それだけなのか ― Get Back
だから Get Back には、どこか郷愁を帯びた側面がある。原点に帰るべきだという考え、つまりビートルズもリヴァプール時代の自分たちに立ち返るべきだという思いだ。その「原点」は、この曲のスタイルそのものに表れている。飾り気のない、ど真ん中のロックンロールだからだ。
Paul McCartney は著書 The Lyrics で、このように語っています。全員でもう一度初心に返り、リヴァプール時代のロックンロール・バンドとしての自分たちを取り戻そう――それが Get Back という曲の根底にあるテーマであることは、おそらく間違いないでしょう。
しかし、この曲にはそれだけでは片づけられない、もう一つの顔があるようにも思えます。
Oh! Darling ほど直接的ではありませんが、私はこの歌の一部に、John Lennon、あるいは当時の Yoko Ono をめぐる状況が影を落としているように感じています。とりわけ、女装家として描かれる Sweet Loretta Martin は、Yoko の暗喩として読むこともできるのではないでしょうか。後述する「やれるうちにやってしまう(she gets it while she can)」という一節は、当時スタジオで自由に振る舞っていた Yoko の姿を思い起こさせます。
もちろん、これを裏づける証拠はありません。Paul 自身も、Jo Jo や Loretta は架空の人物だと説明しています。したがって、この解釈を作者の意図として断定することはできません。しかし、作品は作者の手を離れた瞬間から、多様な読みを許すものでもあります。
今回は、Paul が語る「原点回帰」というテーマを軸にしつつ、このようなもう一つの読みの可能性にも目を向けながら、 Get Back の詞を見ていきたいと思います。
[Intro]
ロゼッタ……
*1 スウィート・ロレッタ・ファートは、自分じゃ掃除機のつもりだった
でも実はフライパンだった
*1 スウィート・ロゼッタ・マーティン…ロゼッタ
ピッカー、ピッカー……指が焼けつくところを思い浮かべてごらん
ウー
オーケー
*1: スウィート・ロレッタ・ファート
/ スウィート・ロゼッタ・マーティン…ロゼッタ
: Sweet Loretta Fart
/ Sweet Rosetta Martin... Rosetta
完成版(1.28収録)の詞に登場する問題の女装家は Sweet Loretta Martin ですが、私はこれを Yoko の暗喩だと思っています。案外 John もそれを嗅ぎ取り、面白くない思いをしていて、この(1.27 収録)でこんな茶化したつぶやきをしたというのは深読みでしょうか(しょうね)。
[Verse 1]
ジョジョは、自分は孤独を好む男だと思っていた。
けれど、そんな生き方が長く続かないことも承知していた。
ジョジョはアリゾナ州ツーソンの故郷をあとにした。
*2 カリフォルニアの〈草〉を求めて。
*2: カリフォルニアの〈草〉
: California grass
grass は、ずばり『草』ですが、1960年代のアメリカでは grass といったら『マリ〇ァ〇』でした。つまり California grass は『カリフォルニア産のマリ〇ァ〇』を連想させる表現だと言えます。
[Chorus: Paul McCartney]
戻るんだ、戻るんだよ。
かつての *3 おまえの居場所 へ戻るんだ
戻るんだ、戻るんだよ。
かつてのおまえの居場所へ戻るんだ
戻るんだよ、ジョジョ
*3: おまえの居場所
: where you once belonged
belong には「単にいた場所」ではなく、「本来そこに属する・そこが自分の居場所である」という含みがあります。
[Electric Piano Solo: Billy Preston]
[Verse 2]
*4 スウィート・ロレッタ・マーティンは、自分は女だと思っていた。
でも実は男だった
*5 周りの女たちはみんな、「*6 当然の報いだ」と口をそろえる
でも彼女は、*7 楽しめるうちに楽しんでしまうんだ
*4: スウィート・ロレッタ・マーティン
: Sweet Loretta Martin
Sweet Loretta Martin は、勝手ながら Yoko Ono を指していると思っています。
*5: 周りの女たち
: All the girls around her
Paul は、当時『ヨーコさんを毛嫌いしていた John のファン』に自分の本音をすり替えたのではないでしょうか?(ないでしょうね)
*6: 当然の報い
: have got it coming
have it coming は慣用句で、『当然の報いを受ける』『自業自得である』『身から出た錆だ』という意味です。ヨーコさんがどういう報いを受けるのかは、分かりませんが、『これまでレコーディングスタジオ等で好き勝手をしたのだから…』ということでありましょう。
*7: 楽しめるうちに楽しむ
: get it while S can
直訳すると『手に入るうちに手に入れておく』という少々曖昧な表現になりますが、それを意訳し、『楽しめるうちに楽しむ』としました。
[Chorus]
[Outro]
ありがとう、モー
メンバー一同 *8 を代表して、お礼を申し上げます
それから、このオーディションに受かっているといいんだけどね
*8: を代表して
: on behalf of
John Lennon は以前からライブで、この ”on behalf of the group and ourselves...” という少々形式ばった決まり文句を冗談半分で使っていた様です。なので、この有名な部分は少々丁寧な言葉遣いで訳してみました。
いかがでしたでしょうか。
Paul が願った「原点回帰」は、残念ながらその後のビートルズの歩みを見る限り、必ずしも実を結ぶことはありませんでした。しかし、その思いから生まれた Get Back という楽曲そのものは、今なお色褪せない輝きを放っています。
なかでも Billy Preston のエレクトリック・ピアノは実に見事です。軽やかで流れるようなフレーズは、張り詰めたセッションの空気さえ忘れさせてくれるほど魅力的で、この曲に欠かせない彩りを与えています。
また、John に委ねられたリード・ギターも実に生き生きとしており、Paul を支えるという枠を超え、ヴォーカルに並ぶほどの存在感を放っています。四人に Billy を加えた演奏が絶妙なバランスで噛み合ったからこそ、 Get Back はシンプルなロックンロールでありながら、これほどまでに躍動感あふれる名演になったのでしょう。
皆様は、この曲をどのようにお感じになりましたか?