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毒気とロマンティシズム (自己紹介に代えて)

    それはコロナ真っ只中の春の日の昼下がり、ソファに寝転がって眠るわけでもなくぼんやり外を見ていた時だった。ニュースから流れる醜悪なセリフとは裏腹に空は爽やかに晴れていた。

    「何かしよう...」
    「そうだ何か書こう」
    昔から書くことでモヤモヤした何かを払拭してきた経験がある。
    書くことにした。

    自己紹介するほど特別なキャリアも地位も何もない。
    お知らせできるのは大阪のど真ん中で夫と一匹の猫との暮らしを営む昭和生まれの主婦という肩書きだけだ。
    若い頃は海外生活が多かった。そのせいかどうかわからないが、私の書くことは独りよがりものばかりだと酷評されることが多かった...ということくらいは素直に白状しておこう。
    ずっと他のサイトでブログで書いていた。もう15年ほどになるだろうか...しかしそれは15年というサンクコスト効果を生み出してしまった。留まること群れることが苦手なのだ。そしてしがらみが何より苦手なのだ。しがらみができると変な仲間意識に取り込まれてそこから動けなくなる。そして苦しくなって15年間のブログを一斉消去してそのサイトを退会した。
    その時はスッキリした。もう誰かに気を遣いながら記事を書く必要がなくなった。心身ともに自分を取り戻したかのように思えたのだが…
    いつか私もくたばってしまう時が来るだろうが、その時まで生活は延々続くわけで、サイトを退会したところで頭の中から文字は消えていかない。消えていかない以上それを処理する場所が必要で、私のことを知っている人がいないところがいいなと探していてnoteにお世話になることにした。新しい国に足を踏み入れたような物珍しさでnoteの世界を歩いている。
    多くは望んでいない。
    何かをやり遂げたいとか、何者かになりたいとか、〇〇好きと繋がりたいなどは思わないし、友達をたくさん作るぞなんてことには1ミリの興味はないい。ましてや「よし、金儲けするぞ!」そんな野望はまったくない。ただ、昭和女は変に開放的で変に鬱屈している。誰もがそれを隠して生きているけど、私はたぶん隠しきれない。そんな記事が多くなると思う。それゆえ失礼も多々あるだろうが「へぇ〜」「あらまぁ」というおおらかな気持ちで許してほしい。

    あるアイドルの人が「個性とは何ですか?」と質問されて、

    こうなりたいとか、こう見られたいというエゴがあるうちは個性って死んでいる。そういうエゴがなくなった時に個性が生まれる

    と言っていた。この歳になってアイドルに教えられるなんて思ってもみなかったけど納得した。私の好きな言葉で『いなくなると、いなくなる人。いなくなっても、いる人。』というのがある。個性を持ってる人というのは、何もしなくても(そこにいなくても)いる感じがする人だ。自分を意識しすぎる人というのは、そういう本当の意味で個性はなく、あるのはエゴだけだ。

    私のエゴイズム残量40%

    残ってます。完全に40%残っていますが、それを頭の片隅の置きながら、控えめに、でも執拗に、書いていきます。

    お邪魔じゃなければ、どうぞお側においてください。
    コメントなどは特に必要ありません。
    飽きるまで...
    飽きたらとっととさようならしましょう、お互いに。

    #自己紹介

     
    大阪のド真ん中で執筆活動、演劇活動やってます。思い出さないけど忘れない日々の記録。何者かになってやろうな〜んてことには興味なし、ましてやお金儲けなんて...ただ死ぬまで生きるだけですひっそりと、でも執拗に。

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